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2011年5月

2011年5月31日 (火)

一期一会

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ゆでガエルの話は余りに有名なので、今更説明するまでも有りませんが、皆さん家庭や仕事の現状をどう捉えられていますか。

幸い私の置かれている職場環境は正直居心地が良い。しかし居心地が良いと言う事は、裏返せば甘美な環境であり、自身が全く成長しなくなっているのではないでしょうか。

私の時計は何時から止まっていたのか?冷静に振り返ると退院してからの2年間、成長する努力を怠っていました。2年間死んでいたに等しい状況であり、実に恐ろしい現実に気付きました。

危うくこのままゆでガエルになって死んでいく所でしたが、人間どうしても楽な方に流されてしまう。これは環境に甘んじる人間の性でありますが、気付くか気付かないかこの差は大きい。

刹那的な考えしか持たずに生きている程危険な事はありません。この環境変化の激しい2年を無駄にした事実が実に悔やまれますが、今更悔やんでも時間の無駄なので、ゆっくり体を休めたのだとプラスに考え、仕事に対して再び火を灯す事にしました。

ゆでガエルにならないために、あえて鍋を飛び出しましたので明日から再び新天地にて一から仕事を始めます。

転職を繰り返しているので、私にとって半ば恒常的な行事になってしまっていますが、再び一年生の気持ちに立ち返り、日々成長するために身を粉にして働きます。再び雑巾掛けからでしょうか?久々にワクワクしてきました。

しかしながら新しい環境に移行するには、現況を捨てる必要が有ります。

昨日は現職最後の出社日でありましたので、半日程で帰宅するつもりが、なかなか残務処理が残っており容易くは帰れません。まあ、同僚や部下との最後の時間でしたので、実は名残惜しく貴重な時間を過ごしたのですが...。

いよいよ仕事が片付いたので、社内の人々に一人ずつお別れの挨拶をし、最後の握手をして回りました。そしていざ部下との別れとなると実に感慨深いものがありました。苦楽を共に過ごして来た部下は、言わば自分の子供の様に可愛いものですからね。

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そこで思いがけずお別れの品をいただきました。開けて下さいと言われたのですが、照れ臭いので自宅に戻ってから開封させていただきました(帰宅して家内にも怒られました、申し訳ない)。

そこには大変素敵なボールペンが。ちょうど新しい物を購入しようと、ハンズや文具店を回っていた矢先だったので、タイミングの良さに驚くばかり。しかも大変センスが良い。

また今回、お別れの言葉として一人一人に宛てて、拙宅で作成したメールをそれぞれに配信させていただきました。私が上司として欠如していた事、皆さんに期待する事を飾らない言葉でしたためました。本当に出来の悪い上司だったのです、反省。

新卒入社にて私が預かった女子社員がいましたが、大変気真面目で優秀なのですが、正に今時の女の子でどうしても自分を中心に物を考えてしまう。一度は匙を投げかけたのですが、自身の頑張りから僅か3年で見違えるほど優秀になった。深夜まで直向に仕事を続ける姿勢を暖かく見守っていたのですが、本当に人は自分の意思で大きく変われるものです。

この子の頑張りは絶賛に値するものであり、我が子の成功の様に嬉しいとメールで送りました。

メールを送った事をすっかり忘れて、最後の挨拶に行くと、この子が何故か泣いている??どうしたと尋ねると、私のメールが嬉しかったとの事。泣かせるつもりはなかったのですが、気持ちが伝わって良かった。この子は今後、仕事も私生活も絶対上手くいきます。

会社を出る際に、この子が追いかけてきてお手紙をいただきました。私のメールを読んでから返信をしたためてくれたようです。こちらも自宅に帰ってから読ませていただきましたが、久々に感動しました。マネジメントとは程遠い上司でしたが、人間真面目にやっていれば必ず評価してくれると言う事が今一度分かりました。

人は亡くなった時にその人の評価が下されると言いますが、会社も辞めた時に評価が下ります。私が取り組んできた仕事はひとまず成功だったようです。

ボールペンも手紙も私の宝物として一生大切に致します。皆さん本当に有難うございました!

2011年5月30日 (月)

新宿歌舞伎町

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現在の勤務地である新宿を離れる為、新宿で行っておくべき所用をこなしてきました。

まずはビックカメラに立ち寄った所、最上階に自転車売り場を発見しましたので、品揃えと価格をリサーチ。部品はほぼ定価販売ですし、自転車もロクな物が揃っていない。ロードバイクもどきも販売されていますが、ここで購入する愚かな方はいらっしゃらないでしょう。

ビックカメラとしては生活に関するものは、全て取り揃えたいのでしょうか、この売り場環境で自転車が利益を生むとは到底思えません。

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ビックカメラの一階にY’sを発見。いつから存在したのかは定かでありませんが、私はこの店の販売方針(従業員教育)が余りにお粗末なので立ち入りません。

私のお気に入りのショップは”なるしまフレンド”さんです。店員さんの知識と応対は、Yの真逆を行くと言っても過言では有りません。

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久々に西口のアーケードを通りましたが、格安チケット売り場と化していました。

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火災から復活した思い出横丁。復活していたのですね。

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大ガードを超えた付近。大ガード下は相変わらず異臭と閉塞感で気が滅入りますが、ガードを抜けた風景は以前よりすっきりして見えるのは、巨大なヤマダ電機が聳え立ったからでしょうか。

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アメリカンブルーパーズをそれこそ数十年振りに訪れました。昔はアメカジブームで、古着などを買いに来たものですが、今もそれらしきテナントが入っていました。

軒先のショベルが素敵です。

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そして用が有って訪れたサイクリー。こんな所に出店したとは露ほども知りませんでした。

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店内は中古自転車が整然と並べられています。中古とはいえなかなかのお値段。平日の午後でしたが思いの外お客さんが多い所をみると、まだ自転車ブームは続いているのでしょうか。

小汚いペダルや部品にまで値札が付いており、カルチャーショックでした。

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帰路、歌舞伎町を敢えて歩いてみると大規模改修中だったのですね。これまで一度も足を踏み入れた事が有りませんでしたが、どのような姿に生まれ変わるのか興味が湧きます。

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歓楽街とは良く言った物ですが、相変わらずごちゃごちゃと汚い街ですね。

暫く訪れる事も無くなりますから記憶に留めておきましょう。

2011年5月28日 (土)

ブロガー達の憂鬱

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こちらは昭和記念公園の巨木。毎年訪れていたのに、今年のGWになって初めてその存在に気付きました。注意力散漫でした反省。

さて自身のブログ更新に浪費する時間について考えてみました。

ミクシィ脱退やHP閉鎖にて相当な時間の浪費を塞ぐ事ができ、読書に振り向けましたが、まだまだ時間が足りない。そこで自宅でパソコンを開く時間は一日30分と決めてから、再び時間の捻出が可能となりました。

結局自宅でのパソコン利用は、メールチェックとネットサーフィンですから、30分と決めて時間が来たら有無を言わさずシャットダウン。皆さんも一度お試し下さい。

そして日垣 隆さんの著書にも、硬派人気ブロガーたちの憂鬱と題してこうあります。

「そもそも、ブログを毎日欠かさず更新し続けられる人は、一部のプロか、決壊寸前の問題をたくさん抱えているか、書くのが相当に速いか、それを仕事の一つにしているか、よほど暇なのか、私事なのに勤務時間中にやっているか、のどれかでしょう。」とあります。

この選択肢の中において私は”暇”の部類に入ってしまいます。

決して暇ではないのですが、日記兼備忘録として続けており唯一の情報発信手段として使用しています。

先日も外貨通販会社の対応が余りに杜撰だった為、それをブログで有りのままを紹介したところ、早速その会社からコメントと称して謝罪が入りました。同様に一部その会社の利用検討されていた一般の方からもコメントをいただきました。

東芝のカスタマーサービスの愚かな対応が有名ですが、人々が情報発信し「百匹の猿」現象を起こして、世の中を良くして行く事も必要であると思います。

2011年5月27日 (金)

変身願望 完成形

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完成形。ロードバイク然としておりますが、注視すると妙に大きなシートバック、フレームカバー、そしてリム高の太いタイヤが”妙”な選択になっている事が判別出来ます。

所謂、「初心者」がロードバイクを初めて最初に陥る誤りがこれといった姿でしょうか。個人的には、未舗装路走行、担いで沼を渡ったり等皆無であるため、本来のシクロクロスの機能はスポイルして良い状況ですから、これがロードバイク+シクロクロス÷2といった理想形になっています。

今回試験データ的に、改造を施したコルナゴと、チネリを全く同一ルート、同一条件で走行してみました。

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自宅からホンダエアポートまでの定番ショートコースを選択。約60km弱の平坦路。天候も風向きもほぼ同一で計測出来ました。

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ハートレートモニターのデータは変更していないため、コルナゴはタイヤの外周径が大きくなっている分、同一距離でもデータに狂いが生じています。当然走行距離が短くなり、速度、ケイデンスなどもその影響が生じています。

まず走行して分かったのは、体への負担の違いが想定以上に異なる事でした。

カーボンフレームとクロモリの違い、車両重量が1kgの誤差も当然否めませんが、コルナゴがただただ鈍重化したという一言につきます。タイヤの太さによる路面抵抗、タイヤ+チューブの加重による回転負担、SPDシューズの自重、この3点の違いが近因。

そもそも同一の使い方をするつもりは毛頭無いので、この選択で良いのですが、同じ試みをされる方がもしいらっしゃれば、タイヤは25mmをお薦めします。23mmから28mmに変更した場合、幅は僅か5mmの誤差ですが路面抵抗は1.2倍になります。

ただ断面形状では空気量は48%も増加しますから、段差を超える際もママチャリ同様に神経を使う必要がなく、普段使いには28mmも有りかもしれません。ただフレームに干渉する事は避けられないでしょう。

私自身、時期を見て25mmに今後スケールダウンしようと思います。

以下は同一条件でのテスト結果です。

僅かタイヤの外形が10mm異なるだけで、走行距離は3.4kmもの誤差が生じています。ケイデンスと速度も比例して下がっています。そして、最も懸念される体への負担は140kcalも違いました。

【チネリ】

走行距離 58.8km

平均/最大心拍 148/172bpm

平均/最大ケイデンス 74/105pm

平均・最高時速 29.7km/h・45.3km/h

走行時間  1:59

消費カロリー 1385kcal

【コルナゴ(シクロ改)】

走行距離 55.4km

平均/最大心拍 147/168bpm

平均/最大ケイデンス 72/94pm

平均・最高時速 25.1km/h・40.4km/h

走行時間  2:13

消費カロリー 1524kcal

2011年5月25日 (水)

定例ツーリング 榛名湖

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一年振りのMC定例ツーリングに飛び入りで参加して来ました。

そもそもエンジンに火が入るのか一抹の不安を抱き、昨晩バッテリーにテスターを当ててみると、案の定11.4Vしかゲージが上がらず。

一晩充電して回復しなければ諦めようとチャージを掛けて就寝。早朝7時に再びテスターを当てると13Vまで回復しており、一発で火も入ったので集合場所へ定時に到着する事が出来ました。

ひと月前にチャージしていましたが、やはりマキシマスという5000円弱の安価バッテリーは蓄電能力が弱く、あっという間に放電してしまう様です。次回は高価な純正バッテリーを選択せざるを得ないでしょう。と言いますか、乗らずに放置している事が主因か...。

さて一年振りのツーリングは、巨漢の操作をすっかり忘れており、なかなか手古摺りましたが体が覚えているものですね、どうにかなりました。

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関越道 三芳PAに集合後、昼食は大澤屋にて手打ちうどんと舞茸のてんぷらを食しました。岡本太郎の絵画が多数展示されていましたが、何か所縁が有るようです。

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榛名湖にて記念撮影。ハワイのチャイナマンズハットを彷彿とさせる奇形山が目に映る、静かな湖でした。

この先温泉に行くコースが予定されていましたが、所要が有りこの場で離脱。帰路は空いている高速を久々にすっ飛ばして帰って来ました。一年動かしていなかったマシンは幸い何処にも不具合は出ていませんでした。

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そして一年?若しくは2年振りに再開した皆さんの環境や仕事も紆余曲折有り、様々に変化しておられました。

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当然ながらバイクも皆さんそれぞれに変貌を遂げており、久々にカスタム自慢が拝聴出来ました。ハーレーは経年によって変化していく乗り物ですから、その人の個性が出て実に楽しい。

退院以来全く関心を示さなくなってしまった、我が鉄馬のみは言うまでもなく時が止まったままでした

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タイヤの失敗は潔く忘れ、続いてペダル交換。ロード用のビンディングペダルは普段使いのには使用出来ないので、長距離も走行する事を視野にSPDペダルを選択。

もともとシクロで使っていたペダルもSPDでしたが、どうも野暮ったいデザインでしたので、多少スリムなPD-A530へ交換。

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機能は全く同じで見た目の違いでけです。SPDシューズでも運動靴でも使用出来る両面タイプで、使い勝手はやはりこのタイプが最善。

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仕上げは何処に立てかけてもフレームに傷が入ったと泣かない様に、フレームカバーを装着し、強固なチェーンが入る大型のシートバックにライト、ベルの小物を付けて完成。

今回の改造費は2万円強で終了。ポジションは敢えてロードのままにして長距離を考えましたが、さて乗り味はどの程度違う事でしょうか。

2011年5月24日 (火)

変身願望

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シクロとロードバイクの大きな違いはタイヤの太さ。700Cのユーラスのホイールには23を履かせていましたが、今回リミットである28に変更する事にしました。

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タイヤはパナレーサー RIBMO PT、チューブは同じくパナレーサーのスーパーチューブ。重量は無視しし、敢えて耐パンク性を優先しました。

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23と28のチューブの違いは歴然。どちらもパナレーサーですが、23は最軽量チューブであり、28は極厚耐パンクチューブ。重さは倍程異なります。

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28を装着したホイール。すっかりママチャリと同じようなタイヤになってしまい、幅、タイヤリム高共に想定以上。装着以前に策を誤った感有り。

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読み通り...。

タイヤリムが以上に高くなった為に、フレームとのクリアランスはコンマ5mm程度。このまま走行すれば間違いなくフレームに干渉する事でしょう。

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フロントのブレーキとのクリアランスも同様に1mm弱。

タイヤ幅しか考えずに28に上げてしまった浅はかな頭。幅が広がれば、タイヤチューブは円形故に幅と同様に高さも広がる。小学生の円周問題にも劣る過ちを犯してしまいまいたが、今更悔やんでも仕方が無いので取敢えず走ってみましょう。

2011年5月23日 (月)

シクロクロス

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趣味のリストラ第一弾として、最も手をつけやすいロードバイクの処分を行いました。4台のロードバイクのうち、普段使いのシクロクロスを売却。

昨年8月に購入し僅か2回しか乗っていませんでしたが、所持しているだけでタイヤなど部品劣化は避けられませんので、有事の為に準備していたこのバイクの処分を断行。

絶版車インターマックス シクロクロス

中古で購入した傷だらけのこのバイクでしたが、錆落としを施しメンテナンスを僅かながら行うだけで程度改善し、購入価格とほぼ同額で売却出来ました。そもそも程度が最悪な状態のまま販売するS社なのですが、磨いて販売するだけで付加価値が増し、購入者も満足されると誰しもが思うのですが、悲しいかな経営者がアホなのでしょう。

さて、何処に止めておいても盗まれるはずもなく、もともと傷んでいるので無用な配慮は必要無し。下駄変わりに使え、有事ともなれば通勤にでも物資買出しにでもと考えていたのですが。

シクロクロスのデメリットとしては、日頃キャリパーブレーキに慣れてしまっていると、カンチブレーキは恐ろしく効きが悪く、シフトもシマノはブレーキ併用で扱いが怖い。この二点でけがどうにも否めず処分を決めました。

シクロクロスを残してコルナゴを売るべきかと選択に悩みましたが、痛みが出ているシクロに投資するよりも、コルナゴをシクロに改造した方が得策と判断しました。長い目で見ればコストパフォーマンスは後者が上だったのです。

そこでロードバイクをシクロに変換する改造?をご紹介致します。

2011年5月21日 (土)

東日本大震災 【総称】

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今回僅かな時間で被災地を回って来ましたが、実際に足を運び現地を拝見して自然災害のエネルギー大きさにただただ驚くばかりでした。TVの画面や印刷媒体からではこの現実、迫力は到底伝えきれません。

昨今の若者は海外旅行にも興味が薄いらしく、パソコン画面で見ただけで行ったつもりに、若しくはその情報や映像で満足しており、投資をしてまで海外に行く意味が見出せないと言われますが、これはある現代のパラダイムであり、実に怖い現象だと思います。

やはり実際にその場所へ行って、歩いて、空気を感じ、地元の人々と話をしなければ、状況が”理解出来た”とは到底言えません。皆さんも是非この地に足を運び、辛く悲しいこの現実が同じ国内で起こっている事を見て下さい。何不自由無く日常生活を送る事が出来ている子供達に見せて下さい。

私の子供達には、今回私が見てきた惨状を事細かに伝え、どれだけ被災した方々が今なお困窮した生活を強いられているか時間をかけて説明しました。お盆休みを利用して、現地に連れていく予定にしています。

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被災地は阿鼻叫喚と言った形容がそのままの状況であり、驚きと共に恐怖を感じました。翻って考えれば、これは対岸の火事ではなく、間もなくやってくる直下型地震によって破壊される我々の環境を暗示しているのではないでしょうか。

今回の震災では2万5千人以上の方々が尊い命を失いました。この惨状からの復興は並大抵では有りませんが、千里の道も一歩から、諦めずにその道を歩んでいくしかありません。

気がかりなのは復興までこの国が持つのか?という事です。

1000兆円の負債を抱えた日本は、国債下落により長期金利が上がれば、即刻デフォルトする危機的状態は加速度的に上がっています。巨額の第一次復興財源を別枠の国債で捻出する事にしましたが、”見えにくく”しただけで借金の上積みである事に違いはありません。

復興すれば天文学的な借金が更に膨れ上がる、二律背反の状況を一体どうやって乗り切って行くのでしょうか?憂国の情を抱かずにはいられません。

最後にこのたび被害を受けられました皆様に心よりお見舞い申し上げますとともに、一日も早く被災地が復興されますよう心よりお祈り申し上げます。

2011年5月20日 (金)

東日本大震災 【ボランティア】

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こちらは閖上小学校。たまたま通り掛った小学校が気になって、Uターンをして訪ねてみました。

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小学校の校庭は水没した車が並べられているだけで、子供たちの姿は何処にも有りません。ひっそりと静まり返った大きな小学校に重い空気が漂っていました。

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教室から運び出された子供たちの机や椅子。海水を浴びて鉄部が既に真っ赤に錆始めています。塩や泥を落としたくても、水が復旧しておらず手の施しようが無い状況です。

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窓から覗かせていただいた教室の中です。既に泥や瓦礫は人々の手で片付けられていましたが、壁に残された水位は約1mも有りました。

子供達の当時抱いた恐怖を考えるといたたまれなくなります。

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無人と思った学校に人が居ました。体育館に女性が一人ボランティアとして、持ち主を失った思い出の品々が再び帰る場所を見つける為に。

体育館一杯に、被災地の泥の中から発見された写真、アルバム、証書等が洗浄されて、持ち主が訪れる事を待っています。

赤ちゃんを入浴させている写真、小学校入学の写真、恋人との写真、結婚式の写真、七五三で家族揃って撮影した記念写真、どれも変色したり傷んではいますが、どれも幸せを切り取った思い出の写真。

再び皆さんの笑顔が戻る日が一日も早く訪れる事を祈るばかりでした。

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体育館の時計は、震災の時刻のまま停止しています。

この体育館もヘドロの山で、ボランティアの方々が時間を掛けてここまで綺麗にしたそうです。この写真はフジフィルムが応援し”写真救済プロジェクト”と命名して、ボランティアの方々が集められた写真を一枚一枚丁寧に洗って、乾燥させて掲示しているとの事でした。

この小学校が被災した当日の写真も、ファイル綴じされて閲覧出来ましたが、小学校周辺は津波で一面海となってしまい、水が一日引かなかった為に陸の孤島と化した小学校の屋上で、子供達と先生は励まし合いながら一夜を過ごしたそうです。

恐怖、寒さ、飢え、両親の安否、これ以上辛い一日は無かった事でしょう。

2011年5月19日 (木)

東日本大震災 【閖上】

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仙台空港から仙台市内へ向かう途中、道路沿いに大型漁船を見つけました。

石巻や南三陸町等では観光船が建物の上に打ち上げられた状態でしたので、この地よりも津波の大きさは比較にならない程の高さなのでしょうが、やはり大型漁船が彼方より流されてきた痕跡を目の当たりにすると背筋が寒くなります。

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スプレーにて緑丸のマーキングがしてあるので、この船は再び海に戻るのでしょうか。甲板は瓦礫が堆積していましたが、船体自体には大きな損傷はみられませんでしたので、再び海に帰れると良いですね。

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船体には張り紙が。移動をお願いしますと書かれており、まるで放置自転車の如くですが、所有者と協議の上で今後移動が行われるのでしょう。

後の報道番組で拝見しましたが、漁船は順次運ばれて修理が行われているとの事。復興へ向けての明るい話題でしたが、放射能による漁場汚染が暗い影を落とします。

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かつて民家と田畑が続く長閑な風景であったと思われますが、未だ水が引かずに沼化しており、船、車、瓦礫が至る所に散見されます。再びこの地で農耕が営まれるとは想像しがたい。

昨日の日経新聞の記事で気になったのですが、福島第一原発から30km以上の土地でも、既にチェルノブイリと同等以上の放射能が土壌から検出されていると。宮城県に至っては、放射能汚染濃度は低いものの、海水や油、瓦礫等による汚染物質で傷めつけられた土地の土壌改良費用も、今後大きな議論を呼ぶと思われます。

 

2011年5月18日 (水)

東日本大震災 【名取市】

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岩沼市に隣接する名取市へ移動。こちらは仙台空港から直線距離で500mの交差点。未だに電気が復旧しておらず、警察官が手信号にて車両を誘導しています。日が落ちると一面漆黒の闇となるのではないでしょうか。

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橋も津波の影響で50cmほどずれてしまっています。この大きな川を津波は軽々と越え、仙台空港と町を飲み込みました。

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電柱が枝の様に折られており変圧器からは油が流れ出しています。これらの電柱が復旧していないので付近には電力供給が行われていない様です。

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数え切れないほどの車両が至る所に放置されています。アフガンの戦地に横たわる被災車両の様です。

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車内はこの様に大量の土砂で満たされており、乗車中に津波に飲まれれば到底助かりません。地元の人の話ですと、津波警報が出て皆非難しようとしましたが、車道が渋滞して動かず、そのまま津波に飲まれてしまった方が相当数いらっしゃったそうです。

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車両の向こうに見えるのが仙台空港。仙台空港へはこの後様子を見に行きましたが、エントランス2ヶ所が共に鉄骨の骨組みになっており、奥の格納庫もシャッターが曲がったままでした。

空港機能は回復しており、離発着は行われている様でした。

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仙台空港は地図で見ると海岸線から500m程しか離れていません。この付近も海岸線から500m以内の地点になりますが全ての物が破壊されています。

遠くに防風林が並んでいる姿が見えます。

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ここは墓地だったようですが、全ての墓石が倒壊しており、骨壷と思われる壺も至る所で砕け散っています。住宅はもとよりこれらの墓地も、お檀家さんとの協議で復旧が進められるのでしょうが、当然費用負担を強いられる事になるため難航が予想されます。

私も数年前、田舎にお墓を建てましたが新車一台分程の費用がかかりました。ご先祖様のためとはいえ、突然再建費用を提示されも現実は厳しい。

今回瓦礫や破損車両の処分費用は国の負担となりましたが、住まいから家財までの全てを失ってしまった方々は、再建したくとも職が無い状態。復興における特需を国が早期に立案し、地域内での雇用創設を行うべきです。

2011年5月17日 (火)

東日本大震災 【岩沼市 二】

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グーグルにて調べると、こちらは観音協会という名の寺院でした 。

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自身の第二の故郷がお寺であり、同じような作りになっていますので、とても他人事とは思えず胸が痛みます。この凄惨な状況下においても、笑顔を絶やさない大黒様が返って悲しい。

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境内が完全に打ち抜かれてしまい、仏様の姿は何処にも有りません。四方の壁が敢えて抜けてしまったため、水圧が逃げて建物は残った様です。これだけ構造壁が無い状況でも、柱だけで構造を支えている宮大工の技術には目を見張るものが有ります。

床下の基礎や土台もしっかりしていましたが、残念ながら建て直すしか選択肢は有りません。

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私は実家の手前、仏教徒ですが正直なところ神の存在は信じていません。道徳として宗教は必要だとは思いますが、神が有るならここまでの試練を与えるでしょうか。受け入れがたい現実です。

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海岸側からの景色ですが、一面砂浜の様になっています。怒涛の如く津波が遅い、轟音と共に再び引く際に、相当量の土砂を持って行ってしまった様です。

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土砂が1m程抉られ、建物の基礎が浮いてしまっています。埋設配管まで全て破壊されており、この地をどの様な形で復興させるかにもよりますが、想像以上の予算と時間が必要であり行政はどこまで手を差し伸べてくれるのでしょうか。

2011年5月14日 (土)

東日本大震災 【岩沼市】

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5月10日(火) 震災から2ヶ月が経過した宮城県岩沼市

東京においては震災から2ヶ月が経過した現在、ガソリンや食品等の物資の安定供給が企業努力によって図られ、ほとんど不自由無く生活が営まれるに至りました。結果、日常の趨勢としては”震災”の記憶が徐々に薄れ始め”平時”にほぼ戻りつつあります。

人間、自身がおかれている状況をもとに物事を考えますから、被災地も急速なピッチで変化し始めているのではないかという勝手な解釈を抱いていました。

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しかしその考えは海岸線から遥か4km程離れた場所で一蹴されました。

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一瞬にして破壊された無残な家々が、現在も手つかずのままその姿を晒しています。当然そこには人の姿は全くありません。

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”被災地”ではなく、もはや”戦地”とした形容の方が正しい。

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築後数年しか経過していない真新しい住宅がそのまま流されています。帰宅後詳細地図で調べた所、海岸付近の住宅地から500m程流されている状況が分かりました。

この家を押し流す津波の勢いと水量は想像する事も出来ません。

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三光総業岩沼工場。完全に破壊されています。

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護岸の直ぐ裏では自衛隊が復旧作業中でした。護岸自体も大きな損傷を受けています。

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二の倉 海浜プール跡。プールの施設が有った事など、この打ち捨てられたバス停の表札を見つけなければその存在すら知る事が出来ないまでに破壊されています。

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この通りを挟んで大きな邸宅が立ち並んでいましたが、雲散霧消の如くその姿は消え去っています。この場に立つだけで、自然の力に抗えない人間の小さな力を感じて気圧されるばかりです。

2011年5月13日 (金)

東日本大震災 【瓦解】

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11日14:50 被災地から東京へ向かう東北自動車道にて事故発生。

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前方の車列がハザードを出して減速し始めたため、事故だと判断して私も殆ど停車。その車列の先に横転した乗用車が視界に入り事故現場が迫ると、ワイシャツを着た男性が助手席側で体を畳んで倒れており、事故の瞬間こそ目撃していませんが、状況的に事故直後であり数分と経過していない様子。

トラックを含む3台の車が事故車両の前方で停止していますが、運転者救助は行われていない。当然私は車両を止めて、この方に声を掛けに向かいました。

意識はしっかりしていたので、この状況下では追突の危険が有る為、路肩への移動を勧めましたがこのままの姿勢が良いとの回答。むやみに動かす事で容態を悪化させるケースも有る為、まずは四方に飛び散った車両や緩衝設備の残骸を道路から除去し、事故状況を撮影。

過去の私自身の事故においては、カマを掘られた事1回、側面から追突された事1回、他者事故でも5回程救助した経験上、これは鉄則なのですが人命救助の次は冷静に事故状況を写真撮影しておく。以前カマを掘られて逃げられそうになった際に、この写真が大変役に立ちましたので私は習慣にしています。

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事故原因については警察の判断に任せましょう。高速出口の分岐に正面から激突し、車両が写真の位置まで飛ばされていますから、相当な衝撃であった筈です。

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分岐点を知らせる信号灯は無残にも吹き飛んでいました。後続車両の二次災害原因にならない様に移動を試みましたが、大人一人では持ちあがらない程重い物でした。

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小雨降りしきる中、救急車の到着をひたすら待ちますが何時になっても警報音が聞こえて来ません。いたたまれなくなり、車両にマットや上掛けになる変わりの物を探しに自車に戻りましたが、私の車両には新聞紙すら積んでいませんでした。

そうこうしているうちに一人の方が、コールマンの寝袋と毛布を車両から降ろし、路肩にそれらを敷かせて運転者を寝かせました。

何故これらの物を用意されていたのか尋ねると、ちょうど被災地にボランティアに行った帰りだったのでとの事。恐らくこのワンセットの装備は、ご自身が被災地で寝泊まりする為に持参された物らしいのですが、惜しげもなく提供されたその姿に感動しました。

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分岐点に設置された緩衝設備によって幾ばくか衝撃は軽減されたらしく、樽状の格納ケースやウォーターバックがフロントに食い込んでいました。

車両自体はエアバックが作動し、運転者は顔面や頭部の損傷は回避にて外傷は有りませんでしたが、衝撃の大きさから脳震盪を起こしている様子で、目をあけられる事は一度も有りませんでした。一日も早い回復をお祈り致しております。

それにしても高速道路上での事故では、警察や救急車の到着が想像以上に長いと感じました。また、第一通報された方の説明不足も有るのかもしれませんが、道路公団、交通機動隊、救急隊の連携も悪く、待てど暮らせど救急車は到着せず。重傷者が出た場合、助かる命も助からないと思います。

そして惜しむらくは、私が停止する前に多数の車両が通り過ぎて行きましたが、運転者が目の前で倒れている姿を見て、よく素通り出来るものだと悲しくなりました。

「人を助ける事を考えながら生きている人は、実は人にも助けられるという真実を、私も実生活で知りました。」とはハイブロー武蔵さんの言葉です。私もこの言葉には全く同感です。今回の震災の件も同様、「人を助けると言う気持ち」を改めて認識する機会ではないでしょうか。杞憂に過ぎない事を祈るばかりです。

2011年5月12日 (木)

東日本大震災 【道路状況】

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今回東北を巡る足にはMINIを活用しましたが、東北道、三陸自動車道、山形道共に高速道路の傷みが激しく、段差でかなり車が跳ねました。

東北道は福島を超えた辺りから、震災の影響から柱脚に対してのずれや沈下が発生し、ジョイント個所で段差が生じてしまった様です。応急的にアスファルトにて高低差を解消していますが、100kmを超える速度ではかなりハンドルが取られ怖い思いをします。二輪は特に注意が必要ですね。

経路としては東北道を白石ICから一般道に入り、岩沼市、名取市、仙台空港、閖上小学校。日が落ちてから塩釜港、松島、奥松島を巡って来ました。特に奥松島付近の被害状況は激しく、奥松島パークラインはアスファルトが全て消滅しており、四輪駆動車でなければ走破出来ない有様でした。

その他国道などは路面陥没が発生している箇所も一部有りましたが、車両が通行出来るまで綺麗に復旧されています。まだ電気が復旧しておらず、信号が点灯しない交差点も残っています。

往来する車においては一般車両よりも、瓦礫を運搬する大型ダンプや自衛隊車両が多く、復興が遅々として進んでいない状況を認識させられます。

また石巻から先の岩手方面は、更に膨大な瓦礫の処理が出来ておらず、道路幅員が必然狭くなっている為、慢性的な交通渋滞が発生しており多大な時間を要するとのお話を、地元の方から助言いただき今回訪れる事は断念しました。

2011年5月11日 (水)

悲しみ

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火曜日、水曜日と休みを取り、被災地へ行ってきました。

そこには人間の想像を絶する脅威が今も爪痕深く残されていました。

何故この様な痛ましい災害が起こるのか、防ぐ術は無かったのか、我々に今できる事は何かと、答えの無い問い掛けに自問自答するばかりで、胸が締め付けられる思いでした。

今回宮城県を訪れましたが、瓦礫や破損車両はかなり片付けられ、車道はほぼ復旧している状況でしたが、2ヶ月が経過した今も目を覆いたくなる光景が至る所に存在します。

到底人類が抗う事が出来ない巨大なエネルギーによって、全ては飲み込まれ一瞬にして消失してしまいました。

東京から僅か400kmしか離れていないこの地で起こっている現実を、実際に歩き、空気を感じ、自身の目に焼きつける必要が有ります。

ジャーナリストの様な表現は到底出来ませんが、私が自分の目で見てきた今の宮城県をこれからご紹介させていただきます。

2011年5月 8日 (日)

Hatoyama

どいつもこいつも日本の政治家はどうにかならないものですかね。

政界引退まで公言して辞任した人物が何故平気な顔をして、未だに国政に携わっているのでしょうか?厚顔無恥と言うか国民を舐めくさっているとしか表現出来ませんね。

全く意味を持たないお得意の「友愛」を持ちだして、恥の上塗りをしているらしいです。中国で。お願いだからこれ以上日本を笑い物にしないで下さい。

先日、中曽根康弘元首相の対談形式の書を読みましたが、やはり自身が日の丸を背負い実際に戦地で戦った中曽根さんの言葉は重い。常に日本国民の代表として、国の将来の為に常に”死”を覚悟してリーダーの責務を果たして来た事が良く理解出来ました。まあ、政治家の言葉ですから話半分としても、現代の何不自由なく育った二世ボンボン議員とは次元が違う。

この国は終わってしまうと提唱していた、司馬遼太郎の気持ちが実に良く分かります。

日本人はもっともっと怒るべきです。口に出して唱えるべきです。こんな腐った連中に政治を任せるのはもうやめましょう!

2011年5月 3日 (火)

黄砂

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震災以降、ご多分に漏れず景気停滞の余波を諸に受けており、業務は危機的に暇な状況です。ここでどう足掻いても無駄なので、今年は世間並みに大型連休としました(昨年も同じ事を言っていた様な...)。

連休中日の月曜は子供達も学校なので、家で静かに読書をしていましたが、午後になって妙に気温が上がってきたので軽くお決まりのハーフコースを走って来ました。

黄砂の影響で上空はガスが掛ったような状況で、喉が妙に渇きました。この黄砂も、中国の大気汚染物質を多大に含んでいるので、放射能同様に人体には決して良くは無いでしょう。

先日読んだ本に、中国、インドそれぞれが数万人ずつ人を出して、砂漠へ海水浄化を行った水をパイプラインで送水し、植林を行えば雇用対策と温暖化対策が同時に行えると有りました。工業化による経済発展のみならず、この様な取組みが現実に必要ではないでしょうか。

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本日は久しぶりにオルカを出してみました。小屋裏に数ヶ月放置されており、すっかり埃が積っていました。そろそろ大いなる犠牲の為にロードバイクのリストラに取り組まなくてはなりません

走行距離 61.2km

平均/最大心拍 146/174bpm

平均/最大ケイデンス 77/108pm

平均・最高時速 28.3km/h・44.0km/h

走行時間  2:10

消費カロリー 1488kcal

2011年5月 1日 (日)

世代交代

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家電量販店の掃除機実演コーナー?

我が家の掃除機2台がそろそろ買い替え時と、家内からリクエストが有り、暫し聞かない事にしていましたが、自ら家電量販店に赴き機種選定と価格調査をしてきましたので、漸く重い腰を上げる事にしました。

ロードサイドのコジマに行って家内がリサーチ。ロードサイドより都心の家電量販店の方が当然安い。

先日もお客様の家電をサービスの一環として私が機種選定して、現金をお預かりしてヤマダ電機に行ってきました。するとリサーチしてきた新宿店よりも新橋店の方が高い!おまけにポイント還元率も暫しの方が低いので、店員さんに同じお店で何故この様な現象が起きるの?と尋ねると、競合店が多い場所は必然的に価格設定を下げるとの事。

では新宿に行って買うので結構と言うと、あっさり新宿と同じ金額にしてくれました。これも妙な話ですけどね。

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さて今回は結局家内指定のサイクロン掃除機2台を、最も簡単な価格ドットコムで調べて、送料云々を勘案して購入しました。結局コジマの店頭価格よりも、2台で1万円以上安く購入出来ました。

購入者側はこれで済む話ですが、販売側にとっては実に悲しい状況ですね。テナント料、人件費、水光熱費、管理コスト等々多大な費用を投じているのに、消費者は散々商品説明を聞いてカタログ貰をいただき、自宅に戻って通販の構図が一般化。

書店、HMV等のCD販売店等、アマゾンや配信サービスに押されて次々に潰れて行く訳です。韓国では既に淘汰が進んで、殆ど店頭販売が壊滅状態に陥っていると先日読んだ本に有りました。そもそも著作権の認識が中国同様薄い事も拍車を掛けている様です。

価格的には、代替え前の東芝サイクロン掃除機は一台6万円もしましたが、今回は2台で5万円ですからデフレが進んでいるのか、メーカーのコストダウンか、いずれにせよ簡単に壊れては欲しくないですね。コストを極限まで削っているので、昔に比べて妙に電化製品が壊れやすくなったと思います。

今回家内の選択により2台ともシャープ製になりましたが、色は私の独断によりビビットなメタリックブルーと、メタリックレッドにしてみました。家電も”白物”ではなく、遊び心がなくてはいけません。

そして、我が家にて世代交代した掃除機ですが、製造年月日を改めて調べると03年と04年であり、約7年で退役する事となりました。減価償却でいえばまずまずなのでしょうが、金持ち父さんの「電化製品は箱を開けた時点で価値を失う」といった言葉が心に響きます

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