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2012年7月22日 (日)

赤穂浪士

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泉岳寺から徒歩1分の場所に仕事で所用が有り、そちらへ訪問する前に1時間ほどかけて寺院内を見学して来ました。

これまでも泉岳寺駅付近を訪れる事が多かったのですが、機を逃しておりましたのでこれで漸く念願が叶いました。

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こちらは中門。ガイドによると、この門はこの門は総欅造りで天保7年(1836年)、35世大龐梅庭(だいほうばいてい)和尚代に再建されたものとの事です。また昭和7年に大修理を施したと。

こちらをくぐり本堂へ向かいますが、この入口に掲げられた妙な看板や電柱、掲示板に道路標識、どうにかならないものでしょうか。

左右に隣接するマンションなど全てがこの泉岳寺を台無しにしています。日本人ってどうしてこうもセンスが無く、文化を大切にしないのでしょうか。縦割りの利権で勝手に開発するからこうなるという典型的な例であり、残念でなりません。

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続いて山門 面倒なのでガイドの説明文をそのまま転記させていただきます。

この門は天保3年(1832年)34世大道貞釣(だいどうていきん)和尚代に再建されたものです。二階部分には十六羅漢が安置され、一階部分の天井には「江戸三龍」のひとつ、銅彫大蟠龍がはめ込まれています。「泉岳寺」の額は、晋唐の墨蹟研究者であった大野約庵による書。

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そして本堂

旧本堂は第二次世界大戦で空襲にあい焼失。現本堂は昭和28年12月14日に落成した鎌倉様式の建築です。ご本尊は釈迦如来、他に曹洞宗の宗祖である道元禅師・瑩山禅師、また大石内蔵助の守り本尊である摩利支天(秘仏)などが納められています。本堂では坐禅・読経などの修行が住職をはじめとした修行僧により厳粛に勤められています。正面に掲げられている「獅子吼」の額は「ししく」と読み、お釈迦様の説法のことを指します。

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瓦が僅かなRを描いていおり美を感じます。また瓦屋根の上に佇む獅子が後ろ脚を跳ね上げている珍しい形をしています。右の四肢はその繊細な作りから、片足が折れてしまっています。

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義士が本懐成就後、吉良上野介の首級をこの井戸水で洗い、主君の墓前に供え報告したところから「首洗い井戸」と呼ばれています。

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四十七士墓所の門

この門は浅野家の鉄砲洲上屋敷(現・聖路加病院)の裏門で、明治時代に移築されたものだそうです。1641年寛永の大火により焼失、五大名の尽力により高輪に移転

浅野遺臣、吉良善央を討つったのが1702年、1945年 東京大空襲で本堂焼失 1953年本堂再建。人災に天災と渾沌とした時代を経て現在に至る泉岳寺。歴史を学ぶ事は実に楽しい物ですね。

 

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