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2012年12月

2012年12月31日 (月)

Good by 2012

Lifemeter1
毎年毎年、加速度的に時間の流れが速くなっている気がします。

所説に、10歳の子は1年をこれまでの人生の10分の1のとして経験し、50歳の人は50分の1として経験するので、時間の感覚が早くなって行く様に感じると言う話を何度か耳にしました。

ダウエ・ドラースマ著、”なぜ年をとると時間の経つのが早くなるのか”を先日読み、更に納得のいく理由を見つけました。

レミセンス効果、すなわち年齢の高いほうが20代のころの出来事を比較的楽に思い出せるのは、利用出来る時間標識がその期間に非常に多い事の結果である。

~中略~典型的な時間標識は「私がはじめて○○と会ったとき....」「私が最初に○○したとき.....」「はじめて○○しはじめたとき....」などであり、どれもレミセンス効果に大いに貢献する記憶である。要するに、時間標識は、期間や日付を記すだけではなく、老年期に夢想をも生じさせるのである。

~中略~中年以降には時間標識の数が少なくなるので、そうした空白時期では、時間は主観的に速く過ぎるのだろう。

つまり、日常が平凡に消費されれば、一年は光陰矢のごとしと消え去ってしまう。かたや変化に富んだ毎日を送る事が出来れば、一年の感覚は長く感じると言う事でしょう。

 

さて、今年起こった私自身の生活の変化とは...?

・MINI R56からR60への予期せぬ乗り換え。

・念願のハナウマ湾で自然の海亀との遊泳。

・矢沢永吉氏の生き方との出会い。

一見遊び事ばかりの様ですが(事実そうです)、私生活や仕事にも実は波及効果が有ります。人間にとって、どんな些細な事でも、ありとあらゆる事が知恵となりエネルギーとなる。

かたや生活の糧である仕事は、大企業病を打ち崩す試金石になる予定が、壁に突き当たり実行出来ず。全てにおいて指揮官である私一人の責任であり、2013年は必ず流れを変えて見せるつもりです。

仕事も遊びも楽しんだもん勝ち。

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「やるべきことがあるから、うれしいんだっていう人は、理屈なんてないんだよ。

ただやってんだよ。ひたすらやってんですよ。理屈言ってる奴は、僕、嘘だと思う。」

正しくその通りです。

皆様良いお年を!

2012年12月30日 (日)

改名

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2012年も残すところ2日になりました。

2013年を前に、ブログのタイトルを変更しました。

閉塞感漂う世の中、このまま埋没して良いのか?と感じているのは私だけではない筈。

「小じんまり生きてちゃショボイだろう?IT'S UP TO YOU!」

ミニコネクション2012に参加する際に、購入して温めておいた矢沢永吉のNEWアルバム、”LAST SONG”から海ほたるを渡りながら響いてきたこの曲。

軽快なロックと共に挑んでくるこの歌詞。自分の生き方を見つめ直す契機となった曲であり、毎朝この曲を目覚まし代わりして起床しています。

武道館コンサートで更にエネルギーを貰い、すっかり毎日が”矢沢永吉”になってしまいました。完全な中毒患者ですね。

ブログタイトルも、そのまま「IT'S UP TO YOU!」にさせていただきました。何事も自分次第な訳です。

ショボイ毎日?世の中せいにして逃げている自分?このままで良いの?諦めるの?

NO!エキサイティングな毎日にして行きましょう!

2012年12月29日 (土)

パールハーバー2012 vol.2

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こちらは停泊している潜水艦。この潜水艦が何の意味を持つのかは分かりませんが、日本軍との交戦にて何か訴えるものがあるのでしょう。

vol.2は島から湾からを眺める随所に立てられている掲示をご紹介致します。
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全て英文ですので、正直何が書いて有るのか分かりません。写真と表題で概ねの意味を理解して回って行きます。ほぼ9割を占める米国人は黙々と読んでいました。

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ゼロ戦が爆撃を行っている様子が描かれています。晴れ渡ったハワイの海と空が、瞬く間に爆音と煙に包まれた事は悲しい事実です。こちらはSECOND WAVEと表現されていますが、何波かに分かれて攻撃が繰り返された様です。

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米国人にとっては日曜日は休息日であり、現役の軍艦は3隻を除いて殆どパールハーバーに停泊中であった。スパイとしてパールハーバーを観察しつづけていた日本人が、この曜日と時間を設定したと、ある書で読んだ事が有ります。

そこをゼロ戦と5隻の潜水艦が次々と攻撃を行い、超大国アメリカに1世紀も遅れた貧国日本が”奇襲”という形で戦果をあげた。どの戦争もはじまりはそんな物なのでしょう。
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おや?昔の日本家庭の写真が。
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貧しい日本が巨国アメリカに戦いを挑んだ愚かさを表現しているのではないでしょうか。事実その通りなのですから。
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1941年12月7日のパールハーバーの停泊状況が描かれています。

パールハーバーは昔は真珠が取れたことからこの名が付いたそうです。恐らくハナウマ湾と同様にサンゴに彩られた綺麗な場所だったのではないでしょうか。文化の遅れた原住民を体よく騙し、白人が軍港にしてしまった事は明らか。東洋の植民地とハワイは同じ構図です。
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この掲示板を見つけて、思わず興奮していまいました。敵国、日本軍の様子もあえて掲載したのでしょう。

当時の日本の軍艦の写真が有りますが、食料や物資を船体に縄で縛りつけていると言う様な、客船を無理やり軍艦に急ごしらえで作った信じられない船であり、その装備に驚くばかり。
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山本五十六連合艦隊司令長官が写っていますが、当時誰が撮影した物なのか。甲板の上にチョークで戦略を打ち合わせる飛行士達。この後、現実に出撃した訳です。

戦争に良いも悪いも有りません。人が人を戒める行為は許される行為ではありませんが、過去を葬り去る事は出来ません。同じ過ちを繰り返さないためにも、我々は戦争に至った経緯、どうすれば惨劇は防ぐ事が出来たのかを歴史から学ばなければなりません。

ハワイ旅行という華やかなイベントに、暗い歴史を振り返るこの施設は日本人の観光ツアーからいつしか除外されている様ですが、日本人にとって太平洋戦争を考えるこの場所を見ておく事は重要です。

2012年12月27日 (木)

パールハーバー2012 vol.1

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日本軍が奇襲攻撃を行い、太平洋戦争に突き進んだ愚かな歴史を知るために、3回目のハワイ旅行で漸く、パールハーバーを訪れる事が出来ました。

上記写真はパールハーバーの入り口ゲートです。テロ対策の為、鞄は数ドル払い右手の小屋で預けなくてはなりません。撮影禁止かと思いカメラも渡した所、撮影は問題ないとのことでカメラは持ち込めました。家族4人だと荷物預かりだけで、約10ドルを徴収されました。

また、パールハーバーはワイキキから数キロだと考えていた所、結構な距離があり、ジャンクションからのルートも少々コツがいるので、辿り着くまでに苦労しました。レンタカーで簡単に立ち寄ってとはいきませんので、半日以上を潰すつもりでスケジュールを組む必要が有ります。

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入り口脇に掲げられた看板。パールハーバーは対岸と2ヶ所に展示が分かれている様で、我々が訪れたのはサブマリンが係留されているパークでした。対岸には戦艦が沈んでいる様子が見られ、今でも時折油が浮き出ているとのことでした。
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パーク内の掲示。パーク内を散策するには入場料などの料金は一切かかりません。倉庫内の展示を見るには別途料金が必要。

平日でしたが多くの観光客が訪れていました。日本人は我が家のみと言った所で、ほぼ米国人。掲示も全て英語で書かれており、日本語表示は一切無し。必死に解読しますが、どこまで理解出来たのか。
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湾の周りには当時の風景が掲げられています。日曜日の早朝、この場所で米国籍の軍艦が炎上し沈没していった訳です。凄まじい光景だった事でしょう。

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こちらは日本地図。東京、広島、長崎、沖縄のみが明記されています。なぜこの地名が刻まれているかは言わずもがなですね。

その下に”硫黄島”の文字が有る事に驚きました。栗原忠道陸軍大将が死闘を繰り広げた、米国海軍史に残る最激戦地だけに、IWO JIMAは米国軍人にとっては知らない者はいないのではないでしょうか。

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この地図、ゲートをくぐった正面脇の床に描かれています。

太平洋戦争の拠点となった国や島の名が記されています。
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パールハーバーミュージアムとは呼ばれていますが、この様な巨大な施設がこの地に存在する事に疑問を感じます。

広島の原爆ドームと同じく、人間の愚業を再び生じさせないためにも、拭い去れない過去を形として後世に残す事には意味が有りますが、広島のそれは対象を”原爆”にしており、本来投下を行った米国を対象とすべきですが、米国の属国となった日本はそれをしていません。

このパールハーバーの展示は、善は米で、悪は全て”ジャップ”である卑怯な日本人。私も家族もこのパークを訪れ重い空気を感じました。米国人の極端な世論や一方的な物の考えは怖いと思います。

当時の日本は事実上の宣戦布告状であるハルノートによって開戦に踏み切りましたが、徹底的に追い込んで逃げ場を失わせたのは誰なのか。このパークを訪れると世界から見た日本人が良く理解出来ます。

2012年12月25日 (火)

赤レンガ倉庫 クリスマスツリー

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子供が観ていたTV番組にて、赤レンガ倉庫に巨大なモミの木を搬入し、電飾で飾り付けたクリスマスツリーが12月25日まで展示されているとの事を知り、23日の夜に家族で足を運んでみました。

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道路も空いており、赤レンガ倉庫には21時に到着したのですが、何と駐車場が何処も一杯。駐車場へ続く長蛇の列に、1時間以上も車列に並ぶ状況に陥りかけましたが、機転を利かせて30分程で回避。

連休と言う事をすっかり忘れており、駐車場対策を全く考えていませんでした。しかし、人間頭は使う物だと、家族一同つくづく思ったのでした。

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さて、会場は想像以上に、なかなかの賑わい。家族連れよりも恋人と二人でいらしている人が多かった気がします。何よりクリスマスですからね。

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適所にサンタやコスプレ女性のマネキンが配置されており、華やかな演出がされています。店の屋根の上にもクリスマスに纏わる、イエスやトナカイ、雪だるまなどの人形も並べられていました。

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こちらが巨大なモミの木のクリスマスツリー。高さは10mは優に超えている様ですが、これ程までにモミの木は大きくなるのですね。造花ではないので、葉がしなやかに風に揺れてる姿など、本物の良さが夜でも良く分かります。

ツリーの飾りも品良く統一されており実にセンスが良い。家族一同、本物のクリスマスツリーを生まれて初めて拝見し感無量です。

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ツリーを挟む様に配置されたお店が軒を並べていました。珈琲でも飲もうかと、お店を覗いてみましたが、妙なホットカクテルやチュロスなどしか販売されておらず、しかも22時で閉店。

赤レンガ倉庫内の飲食店も全て22時でクローズ。結局何も口にする事は出来ませんでした...。折角ツリーは24時まで点灯しているのですから、お店も同時刻まで開いていてくれると最高だったのですが。

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22時を少々回ってもこの賑わい。巷は経費削減の余波により、年々装飾が小規模になり、街で”クリスマス”を感じる機会が少なくなっている様に思います。バブル当時の百花繚乱と言う言葉が相応しい、派手で盛大なクリスマスが懐かしいですね。

それにしても、久し振りに”クリスマス”気分を満喫できました。明日の見えない時代だからこそ、この様な明るいイベントが欠かせません。子供達も大喜びでした。

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みなとみらいも赤レンガも、品行方正で22時には全てクローズ。ワールドポータースもしっかり閉店しており、一口の珈琲も食事も有りつけない有様でしたが、無駄遣いをしなかったと考えれば良かったのかもしれません...。

2012年12月23日 (日)

MERRY XMAS FROM MINI 2012

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連休前の金曜日、仕事を早々に切り上げてMERRY XMAS FROM MINIに参加させていただきました。さて、MINIにて開催されるイベントはミニコネクションに続き2回目。ディーラー主催のこの企画、家内と期待を膨らませ、いざ吉祥寺へ。

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吉祥寺から徒歩5分ほどのガード下に位置する、CAFE ZENONさんがこの度の会場でしたが、実に洒落た素敵なお店でありました。会場入り口脇には布袋モデルのMINIがクロスオーバーと共に鎮座。早速記念撮影をしていただきました。

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イベント開催時刻に遅れて参加しましたが、100人を超える人々で店内は大変な混雑。お腹いっぱい食べて、飲ませていただきました。

終盤にはMINIのクリスマスケーキが登場し撮影の人々に取り囲まれる始末。それにしても演出も実に芸が細かい。

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実に素敵ですね。子供達に見せたら大変な騒ぎだった事でしょう。家内もこの写真を自身のスマホに落としたいと、こちらのケーキの造形をいたく気に入っていました。

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生バンド、ジャンケン大会、ビンゴ大会と大変盛り上がったパーティーでした。我が夫婦は一切”当り”に恵まれませんでしたが...。

それにしてもこれだけの設営や準備、運営とディーラースタッフの皆さんのご苦労は、想像するに容易くない。正しく赤字のお客様へのサービスに頭が下がる思いです。

何より無理やり同伴させた家内が、子供の様に楽しかったと喜んでくれた事が、私にとってのクリスマスプレゼントでした。MINI西東京の皆様、本当に有難うございました。心よりお礼申し上げます。

2012年12月21日 (金)

唯一無二 矢沢永吉

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やはり永ちゃんは唯一無二で誰も真似出来ない逸材。永ちゃんがステージに立てるのも残す所数年だと思われますが、この人を失ったら日本のGDPの0.01%位は下がるのではないでしょうか。ジョークではなく多大な人々の生き甲斐になっており、大げさに言えば神格化された”神”。

永ちゃんの歌に日々勇気づけられている方もいると思います。私も武道館のコンサート以来、出社前は永ちゃんの歌でエネルギーを充填する日々が続いています。

こちらは先日の永ちゃんのコンサートにて、武道館入場と同時に配付された記念チケット。普通なら捨ててしまうのですが、何故か几帳面に持って帰って来ました。

確かにセブンイレブンで貰ったチケットは単なる印字用紙であり味気ない。その様な配慮なのかと思いポケットに入れていました。
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帰ってきてこのチケットの背面を読むと、実に興味深い事が書かれていましたので、その中の幾つかをご紹介致します。

・周囲を威圧する服装の方の入場はお断りします(私設応援団等、団体を思わせる複層含む)。

・周りのお客様に対して、永ちゃんコール等の”強要””あおり”は絶対におやめください。

・MC、バラード中における声援は周囲のお客様のご迷惑になりますのでご遠慮ください。

・会場周辺において近隣住民並びに周囲の迷惑になるような行為は禁止いたします。(例:ゴミやタバコのポイ捨て・路上駐車・旗振り等)

これは熱狂的で特殊な永ちゃんファンならではですね。

既に熱狂的ファンは高齢化しており、至ってマナーの良いコンサートになっていますが、かつては特攻服で来たり、暴走族が徒党を組んで現れたりと、大変な騒ぎだったとの事。

今回、この”あおり”と言われる永ちゃんコールが存在しました。白いスーツを着た集団がブロックごとに分かれて掛け声をかけて「永ちゃん!永ちゃん!」とお祭りの様に拍手と声援を連呼すると言うもの。

開演前に何度か繰り返されるのですが、これが結構しつこい。盛り上げる上でこれらの声援には協力しますが、せめて3回程度に回数を決めて行っていただきたい。

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そう言えば武道館のS席ですが、私たちのシートはW列。2階席の最上部から数えて数列前と言う有様。結構早く購入したのですが、アリーナもS席の前列もほぼ全てはファンクラブの枠で抑えられているそうです。

次回はもう少し永ちゃんが大きく見える席を確保したいものです。

2012年12月19日 (水)

皇國興廃在比一戦

記事は書いたもののUPしていなかった物をおくればせながら。

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こちらは三笠の船尾に掲揚されている軍艦旗。大日本帝国を彷彿とさせますが、元気の無い日本は思い切って、国旗を変えてみませんか?個人的主観ですが、私は幼少期からこの軍艦旗を見ると、理由もなく強い日本をイメージしたものです。

沈みゆく日本、溶けていく日本と、衰退する状況ばかりが如く叫ばれている状況を打破すべく、いっそ国旗をこの軍艦旗に替えてはいかがでしょうか。

冗談抜きに、日本はそこまで抜き差しならい状況に陥っていると思います。一息付いた欧州危機ですが、明日は我が日本です。国の本気度を示すため、国威掲揚のためにも、少々常軌を逸した行動に出ても良いのではないでしょうか。Dpp_1847
さて軍艦三笠にはZ旗が掲げられ、バルチック艦隊との歴史的海戦に臨みました。

このZ旗、恥ずかしながら司馬遼太郎の坂の上の雲を読むまで、その存在を知りませんでした。実物をみると何ともイメージと異なる奇妙な旗でした。
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Z旗の本来の意味を、三笠の甲板のこの看板で知りました。

込められた名称は実に良く考え抜かれた物だった訳です。この現実の旗を見て、世界最強のバルチック艦隊と勇猛果敢に戦った日本人の勇気を考えると実に感慨深い。
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横須賀に係留されている三笠には、今もZ旗がはためいています。

心にはいつもこのZ旗を掲げていようと思います。

2012年12月16日 (日)

一里塚

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”一里塚”などという駅名が有るのですね。突然暖かくなったので、選挙に行く前に付近の多摩エリアをロードバイクで走っている際に見つけました。

ここは国分寺市になる様ですが、街道で一里ごとに道の両側に土を盛り、距離を示す目印とした塚だった様です。江戸幕府により全国に設置されていた名残の様です。

私が考えていたのは、大きな事業を達成していく過程における一つの段階としての”一里塚”として捉えていたので、凄い名前だと感心した訳でした。

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自宅のK市から小平や小金井、国分寺を回って帰って来ましたが、三多摩地区らしく、そこかしこにまだ農家がそのまま点在していたりと、新旧入り混じった地域ですね。

思いがけず国分寺公園という大きな公園が存在する事を初めて知りました。小金井公園とはどちらが大きいのでしょうか?

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こちらは長女が受験する錦城高等学校。前を通ったのでついでに覗いて来ました。大学と見紛うほどの校舎です。偏差値は60を優に超える名門だそうで、合格ラインぎりぎりの我が子は果たして合格できるのでしょうか?

実のところ、何より年間の授業料の方が心配な私でありますが、取らぬ狸の皮算用、まずは合格してから考えましょう。

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何と近所にバッティングセンターが有りました。凄いぞK市。施設を覗くと併設施設は一切無くバッティングのみ。現代においてバッティングセンターは果たして幾つの施設が残っているのでしょうか。

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私は新宿歌舞伎町のバッティングセンターに良く行ったものです。殆ど酔った勢いだった様な気もしますが。未だかつてホームランの看板に命中させた事はございませんが、上手い人は狙って当る物なのでしょうか。

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14時頃に訪れましたが、残念ながら全てのバッターボックスは空でした。未来のイチローが現れる事を期待したい。

土・日・祝日しか営業していない様ですが、今度子供を連れて再訪しようと思います。そのうち、バッティングセンターと言う言葉すら死後になってしまうかもしれませんから。

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そして選挙。子供達の母校が選挙会場になっています。

さすがにレーパンでは入る事が憚られますので、一度帰ってから再び訪れるつもりです。さて地に落ちた国政を誰に託せば少しはマシになるのでしょうか。

走行距離 44.5km

平均/最大心拍 136/170bpm

平均/最大ケイデンス 65/104pm

平均・最高時速 24.3km/h・45.5km/h

走行時間  1:51

消費カロリー 1128kcal

消費飲料1.0L

2012年12月14日 (金)

JAMMIN' ALL NIGHT

EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2012 [JAMMIN' ALL NIGHT]

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行ってきました。初のEIKICHI YAZAWAコンサート。

電車で行くか車で行くか迷いましたが、結局MINIを駆り出して付近のパーキングに入れ、武道館まで歩く事10分。ぞろぞろと続く人の波が見えて来ました。

革パンにリーゼントの怖いお兄さん達の集まりを期待していた私は愚かでした。皆さん永ちゃんと共に大人になっていたのですね。というか私よりかなりご年齢が上であり、恐らく皆さん50代ではないかと...。

武道館に続く列も、冷静に見ると初詣客にしか見えないという悲壮感さえ漂う集団。皆さん地味な黒や茶のコート姿。しかし、白のダブルのスーツ姿をそこかしこに発見。革ジャンではなくスーツなのですね。

暫し絶句。

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暗くて良く分かりませんが、平均年齢50代?知らない人が見たら絶対にロックコンサートへ行く手段だと絶対に思いません。しかし永ちゃんがライブ途中のトークで話していましたが、女性層が男性と等しいまでに増えたとの事。これは新しい戦略効果なのかもしれません。

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関係者車両に停められていたカスタムカー。実に気合入っていますね。私も20代は似たような事をやっていたので実に懐かしい。しかしこのエアブラシは芸術品ですね。

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館内は撮影禁止でしたので写真は有りませんが、2時間たっぷりと楽しませていただきました。永ちゃんが繰り返し言っていました。「生はいいよね」と。

LIVEの迫力に勝るものは有りません。音楽を体全体で受ける爽快感。

それにしても永ちゃんの迫力は、遠い2階席からも十分に伝わって来ました。あの眼光に身のこなし。それにしてもあの体から溢れだす迫力と色気は何なんでしょう。63歳だなんて到底思えません。

アンコールが”サイコーな Rock You!”から始まったのですが、全身に電気が流れたように痺れました。ロックの力、永ちゃんの力、エネルギーを全身で感じました。

家内と二人で散々盛り上がって帰って来ましたが、これが不思議な事に翌日も高揚感が抜けません。今も永ちゃんのロックが体のどこかでコダマしている様な、妙なテンションが残っており、何故か血が騒ぎます。家内に聞いたら同じ状況らしく、正しく永ちゃんからエネルギーを貰って来たのだと思います。

皆さん永ちゃんに魅入られてしまう事が良く分かりました。これはもはや中毒ですね。すっかり熱狂的な?ファンになってしまいました。

2012年12月12日 (水)

EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2012

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予てより予約していたチケットを漸くセブンイレブンで受け取って来ました。実に便利な世の中になった物です。

EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2012

還暦を過ぎてもロック界の頂点に立つ矢沢永吉氏の姿を本日見て来ます。

今回のツアーでファイナルとなる日本武道館で開催。
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永ちゃんのライブが初めてなら、武道館も初めて。

S席を二枚取りましたが、\10,000*2枚。きっとプライスレスのライブとなる事でしょう。

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還暦過ぎてこのカッコよさ。男はいつまでもこう有りたいものです。

何を着て行けば良いのでしょうか?やはり皮パンにライダース?ファン層も中高年化していますから、もはやこんな人は少数なのでしょう。

普段着で行って参ります。

2012年12月 9日 (日)

真珠湾攻撃から71年

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昨日12月8日は日本人が忘れてならない日。日本軍がハワイの太平洋艦隊基地を攻撃した、真珠湾攻撃から71年目にあたります。

昨年の12月8日にも開戦に纏わる記事が有り、社内の若手が真珠湾攻撃自体を知らないものがおり驚いた記憶が有りますが、昨日の日経新聞にも真珠湾攻撃に関する記事が掲載されていました。

この記事は例の”騙し打ち”に至った原因が、日本では米国駐在の外交官の怠慢と実しやかに語られているが、当時の無線記録から実は外務省が意図的に遅らせたのではないのかと言うもの。

外交官でも外務省でも、今となってはどちらでも良いのですが、攻撃開始から1時間後に宣戦布告をしたという”事実”は覆す事が出来ません。国際法違反として世界に広く卑怯者の日本と喧伝させ、米国の戦争反対の世論が一気に反転した事は、日本人として悲しい汚点です。

日米交渉の決裂が決定的となった末の開戦でしたが、無通告であったため、”宣戦布告なき騙し打ち”としてアメリカ世論を激昂させることにもなりました。

すっかり戦争オタクと傾倒しはじめている私は、夏休みにパールハーバーを訪れて来ましたので、改めて現在の真珠湾をご紹介させていただきます。

以下は万国時事周覧のねむ太さんの記事ですが、非常に仔細に表記されていらっしゃいましたので、そのまま引用させていただきます。

 これまで、真珠湾攻撃については、駐ワシントン大使館の不手際により、攻撃が開始されてから1時間後にアメリカ側に手渡されることになったと説明されてきました。

ところが、本日の日経新聞によりますと、最近になって、米国立公文書記録管理局で発見された資料から、実際の理由は、現地大使館ではなく、本国外務省の打電が遅れたからであったとする研究が発表されたそうです。その根拠は、アメリカ軍の傍受記録によるものなそうですが(アメリカ側は、傍受しながら通信会社が暗号解読に手間取り、真珠湾基地に警告できなかったとも…)、これは、通説を覆す新事実なのでしょうか。

紙面に掲載された表によりますと、最後の部分の電文-902号14部-が外務省から送付されたのは(902号は全部で14部から構成…)、日本時間の7日4時38分のことです。ところが、先に発信した902号13部(日本時間午前1時25分)との間に15時間の開きがあり、その間に、2本の訂正電文が入っているそうです。訂正電文の発信も、13部が打電されてから10時間が経過しており、この時間的な空白から、この資料を発見した九州大学の三輪宗弘教授は、意図的に外務省が電文を遅らせたのではないかと推測されているようです。確かに、この空白の10時間は謎ですが、真珠湾攻撃の開始時間は、日本時間8日3時20分です。

つまり、現地大使館が14号を受け取ってから攻撃までの間には、約半日の余裕があるのです。本気で奇襲攻撃をかけようとするならば、14部は、攻撃開始後に発信するのではないでしょうか(もちろん、訂正電文に”8日3時20分以降に通告文書を渡すべし”とあったならば、別ですが…)。このように考えますと、外務省からの打電が遅れたことは判明したものの、通説を否定するまでには至っていないのではないかと思うのです。

2012年12月 7日 (金)

艱難

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再び揺れましたね。

近いうちに来ると思っていますから、忘れた頃にやってくると言う訳ではありませんが、Xデーは近づいているのでしょうか。

本日、オフィスにいましたが揺れの長さと振幅の大きさからして、東海地震かと思いましたが、東日本大震災と同じ海底付近だったわけですね。

明日、会社に運動靴を持っていこうと思います。

備えあれば憂いなし。準備を怠ってはなりません。

2012年12月 5日 (水)

MERRY XMAS FROM MINI

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昨今、不景気の影響か日本人の飽きやすさなのか、クリスマスがクローズアップされなくなった気がします。私にとってのクリスマスは、草刈り場とまでは言いませんが、異性に対してのアプローチをする一大イベントでした。

ホテルも高級レストランも半年前から予約する様な強者が存在し、ひと月前では何処も予約で一杯という状況でした。良い時代だった訳ですね。

先日のWBSでは家族で過ごすクリスマスが定番化しており、ホテル等もファミリー層にターゲットを変えているとの事でした。

我が家もクリスマスよりもハロウィンが盛り上がるイベントになっており、クリスマスは単に”ケーキを食する日”に変化しつつありましたが、そんな中、粋なご招待状をいただきました。
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顧客満足度、ブランドイメージ向上の為にMINIは多大な投資をしていますね。

何事にも参加する事に意義有りと考える私は、当然参加希望で返信はがきを送付させていただきました。

平日の早い時間に開催されるので、職場からそのまま参加させていただきますが、果たしてどの様なクリスマスパーティーなのでしょうか。今から楽しみです。

2012年12月 3日 (月)

URBAN WINTER MINI ADVENTURE

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URBAN WINTER MINI ADVENTURE

MINIのリキッドマウスは何種類か発売されていますが、冬らしくこちらのマウスを購入しました。
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レーザーマウスなので反応も良く、使用感は申し分ありません。

大きさも手頃で使いやすく、子供にも好評です。レーザーのライトがマウス上部にも漏れる仕組みになっており、上手く作られています。

不満材料としては、スノーが何故か沈まずに雪雲の様に頭上を覆っている点。

そして何よりマウスの反応が悪い。レーザーポインタの精度の悪さなのでしょうが、カーソルが思っている場所へ一度で移動しません。初期の拾いによるタイムラグなのでしょうが、一旦マウスを持ちあげて移動する事をしないと、希望の場所へ移動出来ません。

デザイン重視でコストを抑える為に、内精機を安価な物にしているのでしょう。

あまりの反応の悪さに頭にきて、一日でもとのマウスに戻した事は言うまでも有りません。MINIのマウスは見た目だけです。くれぐれも購入されない様にして下さい。

2012年12月 1日 (土)

2012 初BBQ?

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すっかり冬本番になって来ましたが、果たして今年は恒例の庭でBBQをしただろうかと、重量級鋳物コンロを引っ張り出し、魚介を炙ってみました。

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BBQコンロは少々錆が出始めており反省しきり。ロッジの鋳物オーブンは使えば使込むほど愛着が出る一生ものですが、一年近く放置してはなりません。

子供がすっかり大きくなり、一緒にBBQをする機会が減ってしまいましたが、お気軽なレジャー故、もっと活用したいものです。

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さて本日のお目当ては新鮮なアジ。

炭で焼いた焼き魚は実に美味しい。肉も良いですが、新鮮な魚介の炭火焼は絶品です。

さて次回、オーブンの登場はいつになるでしょうか。寒空の中、付き合っていただいた家族に感謝。

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