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2012年12月 9日 (日)

真珠湾攻撃から71年

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昨日12月8日は日本人が忘れてならない日。日本軍がハワイの太平洋艦隊基地を攻撃した、真珠湾攻撃から71年目にあたります。

昨年の12月8日にも開戦に纏わる記事が有り、社内の若手が真珠湾攻撃自体を知らないものがおり驚いた記憶が有りますが、昨日の日経新聞にも真珠湾攻撃に関する記事が掲載されていました。

この記事は例の”騙し打ち”に至った原因が、日本では米国駐在の外交官の怠慢と実しやかに語られているが、当時の無線記録から実は外務省が意図的に遅らせたのではないのかと言うもの。

外交官でも外務省でも、今となってはどちらでも良いのですが、攻撃開始から1時間後に宣戦布告をしたという”事実”は覆す事が出来ません。国際法違反として世界に広く卑怯者の日本と喧伝させ、米国の戦争反対の世論が一気に反転した事は、日本人として悲しい汚点です。

日米交渉の決裂が決定的となった末の開戦でしたが、無通告であったため、”宣戦布告なき騙し打ち”としてアメリカ世論を激昂させることにもなりました。

すっかり戦争オタクと傾倒しはじめている私は、夏休みにパールハーバーを訪れて来ましたので、改めて現在の真珠湾をご紹介させていただきます。

以下は万国時事周覧のねむ太さんの記事ですが、非常に仔細に表記されていらっしゃいましたので、そのまま引用させていただきます。

 これまで、真珠湾攻撃については、駐ワシントン大使館の不手際により、攻撃が開始されてから1時間後にアメリカ側に手渡されることになったと説明されてきました。

ところが、本日の日経新聞によりますと、最近になって、米国立公文書記録管理局で発見された資料から、実際の理由は、現地大使館ではなく、本国外務省の打電が遅れたからであったとする研究が発表されたそうです。その根拠は、アメリカ軍の傍受記録によるものなそうですが(アメリカ側は、傍受しながら通信会社が暗号解読に手間取り、真珠湾基地に警告できなかったとも…)、これは、通説を覆す新事実なのでしょうか。

紙面に掲載された表によりますと、最後の部分の電文-902号14部-が外務省から送付されたのは(902号は全部で14部から構成…)、日本時間の7日4時38分のことです。ところが、先に発信した902号13部(日本時間午前1時25分)との間に15時間の開きがあり、その間に、2本の訂正電文が入っているそうです。訂正電文の発信も、13部が打電されてから10時間が経過しており、この時間的な空白から、この資料を発見した九州大学の三輪宗弘教授は、意図的に外務省が電文を遅らせたのではないかと推測されているようです。確かに、この空白の10時間は謎ですが、真珠湾攻撃の開始時間は、日本時間8日3時20分です。

つまり、現地大使館が14号を受け取ってから攻撃までの間には、約半日の余裕があるのです。本気で奇襲攻撃をかけようとするならば、14部は、攻撃開始後に発信するのではないでしょうか(もちろん、訂正電文に”8日3時20分以降に通告文書を渡すべし”とあったならば、別ですが…)。このように考えますと、外務省からの打電が遅れたことは判明したものの、通説を否定するまでには至っていないのではないかと思うのです。

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