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先日の日経ビジネスの特集は”買いたい服が無い アパレル”散弾銃商法”の終焉というもの。
爆買いブームも瞬く間に終わり、郊外店の赤字を補てん出来なくなった百貨店業界は閉店ラッシュ。アパレル業界は集団自殺のようだと説かれています。
確かに服に対する考え方価値観は変わり、流行り廃りに関係無くなり、安くても自分に合っていればそれでよし。店頭に行く時間も無くネット購入ですから。
販売員も疲弊している中でLVMH(モエヘネシー・ルイヴィトン)は販売員の待遇が良い会社として知られているとありました。
確かにルイヴィトンの販売員さんは接客のレベルも高く印象も良い。
ハワイに行く度に家内が自分への思い出として必ずバックを一つ購入していますが、嘗て折角旅行費用を倹約しているのに、最後に一つ10万円以上するバックを購入しては本末転倒だと申し入れしたところ、大変な反撃に遭ったのでそれ以来何も言わない事にしています。
ホノルル着の当日、恒例のLV詣となりましたが、私も購入検討している物が有り今回初めて同行しました。こちらのお店は何と22時まで営業。
案の定、バック検討に非常に時間がかかり、余りに暇なので店員さんに承諾をいただき店内撮影。ヴィトンは商品も店内も絵になります。
洒落たソファで待機していましたが、連日の睡眠不足で思わず眠ってしまう所でした。
今回のドル円は105円前後。80円の時は格段にハワイの方が安かったのですが、今回のレートでは日本と大差は無いと思われます。今年初めの120円だったら店舗を訪れる事も無かったでしょう。
このボストンバックもショルダーも1600ドルなので、ボストンバックの購入を翌日まで検討しましたが、ボストンバックを使う機会は限られるため結局諦めました。
閉店時間を過ぎて漸くお買い物終了。この日のレートは104円前後でしたが、数週間後のカード請求では105円になっていました。
日本で購入する場合とハワイで購入する場合の違いについて、今回気が付いた事が有ります。ハワイの場合、箱が付いておらずバックは専用の袋に張った状態でのお引き渡し。
日本だと一回り大きくなってしまいますが必ず箱入り。同じブランドでも国によって運営方法が違うのでしょう。
RIMOWAのアタッシュケースが気に入り、スーツケースも欲しいと購入したのが14年前。
国内海外問わずこの大型スーツケースは7回ほど利用していますが、旅行の度に傷は増加。
今回の旅行は乗り継ぎでしたので、合計4回機内積込等で放り投げられた訳ですが、益々傷が増えたと感じました。
凸部であるロックは大きくダメージを受けますが、幸いにも折れたり割れたりはしていません。
最初は綺麗なブルーだったのですが随分と味が出たものです。
全体を見まわしていて思わず目が止まりました。
底のキャスター手前に鉛筆の太さほどの穴が空いています。さて、これはどうやったらこのような穴が空くのか想像がつきません。
ジェラルミンやアルミのスーツケースは荷物を保護するために凹むので、言葉の通りボコボコになります。CAや旅慣れた方々はこちらを好む傾向が有り、荷物を守るという本来の目的を果たしています。
対してポリカーボネイトは復元力が有るのでボコボコにはなりませんが、柔軟性が有る分、荷物自体が損傷します。
私は自身のスーツケースがボコボコになる事が、潔く”味”と認知出来ないので、ポリーカーボネイトを選択しましたがまさか穴が空くとは。
実験としてハワイ島で購入したクッキーを衣類やエアパッキンで何重かに包み、このスーツケースに入れてハワイ島からオワフ島まで渡ってみましたが、ものの見事に円形のクッキーが粉砕されていました。
どれくらい激しく投げつけられるのかを知る為の実験でしたが、想定以上であったためスーツケースの意味を改めて考えさせられました。
歯ブラシに歯磨き粉、シャンプー、リンス、シェイバーetc。嵩張る上に折角のホテルの洗面所がこれらの品々で汚く占拠される事は避けたいと感じており、解決する術はないかと偶然見つけたポーチ。
HAZARD4 ハザード4 REVEILLE TOILETRY BAG リヴェイ トイレタリーバッグ トラベルポーチ \8,964
先に購入したミリタリーバックに付いていた商品カタログで偶然見つけた訳です。
定評あるHAZARD4の強靭な生地で作られているので、少々大きく重さも有るのですが、反面全ての物がこの中に収納出来てしまいます。
ミリタリーテイスト満点なので決してお洒落ではありませんが個人的に合格。
引っ掛けるためのフックまで内蔵。何故ミリタリーのHAZARD4がこんなトイレタリーバッグとしてのトラベルポーチを販売しているのか不可解ですが、こうやって購入する物好きが居るので需要は有るのかもしれません。
こんな具合で実際に使ってみましたが、このバックに全て投げ込めるのでやれシェーバーが無いなどと探す事も無く、部屋を開ける際にはさっと外して引出しに仕舞っておけば良いので非常に有用でした。
綿棒や絆創膏などは入れたままにして次回もこのまま活用しようと思いますが、取っ手やポケットも設けられており、大きさも手頃なので別の用途も考えられそうです。
旅行では良くも悪くも色々起こりますが、今回は私がやらかしてしまいました。
旅行先でレンタカーを運転する事が私の場合少々ストレス。運転自体は楽しいのですが、車の手配、右側通行左ハンドル、見知らぬ地理など若干の緊張が続きます。
今回はオプショナルツアーに頼り切った内容にしたため運転は一切なし。
よって、私の大役は成田に到着した状態で完遂となり、この時点ですっかり気が抜けた状況に。
何をやらかしてしまったかというと、定刻20時の意味を離陸ではなく搭乗開始と勘違いしてしまったこと。
19時過ぎに搭乗手続きを済ませたので、すっかり1時間余裕があると勘違いしてしまいました。
家内がデューティーフリーで化粧品を購入すると言うので、先に言っていると伝えて子供たちとふらふらと散策開始。
歩き回って何となくのどが渇きお腹も減ったので、マックで注文した商品を待っていると家内からの緊急を知らせるLINEと電話が。
家内は搭乗ゲートに一人。てっきり我々が先にゲートに居るものだとばかり思って行ってみましたが影も形もなし。既に搭乗開始時刻となっており我が家以外の乗客は全て搭乗終了。
待てど暮らせど現れない我々に、搭乗締め切りを告げるアナウンスが出たので、慌てた家内が青くなって我々を呼んだのでした。
子供からお母さんが大至急来るように言っていると言われ、初めて20時は離陸時刻であったことを認識。
マクドナルドでお金を支払った時刻は19:35であり、5分ほど商品受取りに待っている間に家内から電話を受けたので恐らく7時40分頃であり、慌てて搭乗口に向かって走り出したのは離陸20分前。
搭乗口へ子供たちと走りましたが、最悪な事にマクドナルドと搭乗口は最も離れており10分は走ったと思われます。
結局家内が必死に搭乗口閉鎖を阻止し、飛行機に乗り込めたのは5分前。危うく今回の旅行がいきなり水泡に帰すところでした。
家内は心臓バクバクで寿命が10年縮んだと怒られました。何事が起きたかと肝を冷やして散々待った挙句、マックの袋を抱えて、家族がのこのこ走ってきた訳ですから当然ですね。
これは旅のハプニングとは言えませんね。深く反省。
旅行の間は何かと時間を確認することが多く腕時計が欠かせません。
安い時計で十分なのですが私の場合、旅行中着けっ放しであり、そのままプールや海で泳いでしまうので薄くて壊れない時計に限られます。
最適なのが最もラフに扱っているBell&Ross ファントム。
購入してもう10年ほど経過するのかもしれません。旅行には必ずこの時計を選択し、ハワイや沖縄の海で散々遊んでいますが一切不具合無し。まだオーバーホールも一度も行っていませんが精度は正確。
真っ黒なので非常に時刻を読みづらいのですが、そこはご愛敬でその不便さを楽しんでいます。
今回の旅行でもこの時計を付けたまま生活していましたが、最終日くらい時計を外してシャワーを浴びようとベルトを引いたところ、もろくもラバーベルトが真っ二つに折れました。
経年変化で硬化しはじめていたところに、力任せに引っ張ったのでこうなった訳ですが、改めてラバーベルトは消耗品なのだと思い知ることに。
最終日は時計無しで過ごす事になりましたが、スマホが有るので支障ないだろうと思っていたものの、逐次移動時間などを見るためにスマホを取り出さなければならず、大変不便だと感じました。
結局帰国後に交換のラバーベルトを手配しましたが正規代理店で¥16,500。しかも国内在庫が無く取り寄せ扱いとなり商品が届くのは10月下旬になりそうです。
4年前のハワイ旅行ではDadaDのアルバムを持参し、ドライブの間ずっと繰り返し聴いていました。
今でもこのアルバムを聴くと、ハワイの山間のフリーウェイを走っている光景が思い出されます。
音楽はその時の情景や出来事を鮮明に思い出させてくれる効能が有りますが、それを意図的に行っています。子供達もこの曲を聴くとハワイを思い出すと言っているので、個人的な行為でしたが家族にも波及している様です。
今回もハワイに似合うアルバムを探しましたが思うようなものが見つからず、ネットを駆使して気に入った曲だけを抜粋しました。
4年前はウォークマンのイヤホンジャックに単四電池4本で稼働する折り畳みスピーカー接続して曲を聞いていました。
4年が経過しBluetooth接続の小型スピーカーに進化。マイクロUSB充電であり手軽で音質も申し分無し。技術革新は凄いですね。
旅行前日にPCデポで購入したその折り畳みスピーカーはまだ自宅に有りますが、以後一度も使用されていませんが思い出深いのでなかなか捨てられません。
今回ハワイに似合う曲として選んだ曲は以下の通り。
1.I'm Yours / Jason Mraz
2.Simple Plan / Summer Paradise
3.Don't Look Back In Anger / Oasis
4.Stand By Me / Oasis
5.Whatever / Oasis
今回レンタカーの利用が無かったので、ドライブで聴く事は叶いませんでしたが、ホテルに居る間中繰り返し流していたので、これらの曲を聴くとハワイ島の素晴らしい情景が目に浮かびます。
機会が有れば一度聴いてみて下さい。
5DⅢにレンズ3本を持参したのだから、今回こそは絵になる写真を撮影して来る筈だったのですが、帰国して現像してみれば平凡な物ばかり。
5泊7日で8000枚ほど撮影したのですが、これぞという会心の一枚は残念ながら存在しませんでした。
[植物編]
[人物編]
[ハワイ島編]
[夕日編]
家族同伴なのでじっくり構図を考える時間が無く、瞬間瞬間でスナップの様に撮影してるので私自身これが限界かと思われます。
今回は初めてPLフィルターを使用し、露出補正も適宜行ったので、これまでのハワイ旅行の中では比較的綺麗な写真が残せました。
ただ、全体的に構図が面白く無くなってきたなと我ながら思います。もっと柔軟に物事を考える頭の柔らかさを取り戻さなければなりませんね。
偶然ですが今回のハワイでは数々のガイドの方と深いお話をさせていただく機会に恵まれました。
ハワイ島の一日周遊観光では東京~大阪間に匹敵する400kmを巡る12時間に及ぶ長距離ツアーでしたが、ガイドを担当していただいたショーンさんからご本人の生い立ちや現在に至るまでの経緯まで詳らかに教えていただきました。
ショーンさんは現在46歳、ハワイ島で生まれ育ちましたが7年間大阪に在住していた事があり日本語が実に堪能で、所謂アメリカンジョークの達人。
マシンガントークに乗せて深い実情などもお聞かせいただきました。
スターケイジングツアーにおいても、4WDを駆使して4000mもの急勾配の悪路を上る運転技術を持ちながら、星座に関する博識をお持ちのガイドさん。
ハナウマベイまで送迎していただいた若者は、19歳の時に家族旅行で訪れたハワイに魅了され、26歳で仕事を辞めてハワイへ移住。7年経った現在は漸く一人で住める部屋を得た(ワイキキの外れで家賃12万との事)と誇らしげでした。
皆さんから共通してお話しいただいたのは、ハワイはアメリカで最も住みにくい国ナンバーワンなのだとか。
その理由は、NYの1.5倍とも言われる物価の高さ。
物価、家賃、税金、いずれもとにかく高く、一つの仕事で生計を立てることは不可能であり、ガイドの皆さんに限らず、誰しもが2つ、3つの仕事を掛け持ち。
ショーンさんはガイドと空港の夜警、若者はガイドと夜の飲食店勤務なのだとか。
日本でも幾つも仕事を掛け持ちしながら、厳しい生活を送られているショッキングな報道を見ることがありますが、彼らは悲壮感もなく何故か明るく前向き。
どうしてですかと尋ねると、ハワイが好きで好きでたまらないから、耐えられるのだと言っていました。ショーンさんに至ってはハワイに戻る事が使命なのだと熱く語られていました。
ハワイに憧れて数々の若者が現地で働きはじめるケースは依然多いそうですが、大体就労VISAが切れる1年で根をあげて帰国してしまうそうです。それくらいハワイで生計を起てる事は厳しい様です。
ではハワイでの実際の仕事というと、家電や車など工業製品を造る以外の仕事は一応揃っているとの事。
私も若くしてハワイを訪れていたら、この性格上、ハワイで働いていたかもしれません。
何度訪れても、いつ来ても期待を裏切りません。私にとってハワイは完全なるディズニーランド。おとぎの国、夢の国。
台風が接近していたので時折襲う雨にも遭遇しましたが、そんな雨も一瞬で上がり、再び降り注ぐ陽射し。
何を撮影しても絵になり、飽きる事が有りません。
食べる物だけは残念ですが、これもディズニーランド内の不味い食事と同様であり、許容範囲。一週間我慢するだけですから。
今回の5泊7日の旅行期間中の平均睡眠時間は恐らく4時間前後。私も家族も同じ状況でしたが、睡眠を削った分だけ非常に充実した毎日を過ごせました。
意図せず4年毎の訪問なので次は2020年。再びこの地を踏めるようにせっせとハワイ貯金を再開させようと思います。
「ハワイ人気再燃 旅行関連各社、顧客獲得へホテル新装や航空便拡充」と題するYahooの生地が先日有りました。テロの懸念が強い欧州旅行などに比べて、ハワイは治安が良く滞在も快適とあって人気再燃なのだとか。
今回の旅行ではハワイ島、オワフ島を訪れましたが、以前より危惧していたほど日本人のポジションが中国人にすげ変わっておらずほっとしました。
ハワイ島は尚更初めて訪れる島でしたので、オワフ島ほど観光客全体に日本人が占める割合が高くないと予想していましたが、実はかなり日本語表記が多く驚きました。
ワイコロアビレッジ内の案内には各所に日本語表記が有り、館内を行き交うモノレールに置いては日本語のアナウンスも有り。
ワイキキにおいては前回よりかなり中国語表記が増えていましたが、まだ日本語表記も健在。
少子高齢化で中流層も減少などと叫ばれていますが、2014年の統計ではハワイを訪れる日本人の年間総数は150万人前後、中国人は16万人、韓国人も18万人。
未だに日本人は圧倒的に多い状況ですが、飛躍的に増加している中国人に逆転される日もそう遠い先ではないでしょう。恐らくハワイで落とすお金も日本人に対して中国人は圧倒的に高額だと思われますから。
LVも前回は日本人の店員さんが居ましたが今回は中国人の方になっていました。各所でこの様な動きは有り、ハワイに置ける日本人の地位低下は否めない現実なのでしょう。
ハワイアンビレッジ宿泊の特典として昼食券が付属。食費を浮かそうとしている我が家にとってはこれ以上の特典は無いので、フルに二日間活用させていただきました。
この特典が一風変わっており、ハワイアンビレッジ内に設けられた海の家。
なかなかのロケーションと広さを持った一角を海の家として設定。
一人二品、好きな物を選択出来るというシステム。
フライドポテト、フライドチキン、焼きそばにアメリカンドックと確かに海の家に有りそうなラインナップ。
家族四人で八品を選択。ハワイアンビレッジを行き交う外国人を眺めながら焼きそばを食べている自分は、果たして何処に居るのだろうという妙な錯覚に陥ります。
面白かったのはカップヌードル。
味が全く異なりコンソメチックなスープが非常にスパイシー。お決まりのエビや卵、肉が殆ど入っておらず麺のみ。実に興味深いハワイのカップヌードルでした。
ハワイにドンキホーテが出店したと聞いていましたがなかな行く機会が無く、今回初めて訪れる事が出来ました。
東京で見慣れたドンキホーテのイメージが有ったので簡単に発見出来ず。嘗て大型スーパーマーケットが有った様な場所に居抜きで出店した模様。
ドンキのど派手な看板等は見当たりません。
こちらが店頭ですがドンキホーテらしくない控え目な店構え。
店名を探しても良く分からず。見覚えのあるキャラクターと共に”Don Quijote”と書かれています。
店内は古き良きハワイのスーパーマーケット。今はもう無くなってしまいましたが、10年前にハレイワタウンに存在したスーパーマーケットを思い出しました。
食品からお土産物、家電まで何でも揃っています。この炊飯器懐かしいですね。
日本で売られている歌舞伎揚げが一袋 5.99ドルと驚きのプライス。
この日本製のお菓子のコーナーはIMPORTと看板が掲げられていました。確かに日本からの輸入品ですから。
メジャーなお土産品はABCストアーと同じ価格設定でした。
訪れているお客さんは我々の様な観光客ではなく地元ローカルの人々。
特段ここに来ないと買えないという物は無く、珍しいお土産品なども見付けられませんでしたが、一度立ち寄ってみると面白いかもしれません。
因みに店内撮影禁止です。私の場合、退店時に店内撮影禁止と書かれた表示を見付けたのですが、店員さんの目の前で撮影していましたが注意されませんでした。この辺も土地柄か大らかですね。
ハワイ島だけで十分だと思いましたが、やはり無理をしてもオワフ島に来て良かったと実感。この賑わい、雰囲気を味合わずに帰国出来ません。
この日オープンした新たなショッピングセンター INTERNATIONAL MARKET PLACE
買いたい物も無いのですが取りあえず新しい場所だというので入ってみました。何処へ行っても同じよう様なショッピングセンターばかりであり新鮮味は有りません。
驚いたのはオープン初日だというのに3分の1ほどは工事の遅れで未だ工事中。大らかなハワイの風土ならではですね。
此の場所には以前何が有ったのかと思い出してみると、館内に昔の写真が掲載されており、それで記憶が蘇りました。
古い建物が並び中央に大木が茂る、味わい深い商店街でした。衣料品からお土産物屋までが混在しており、雰囲気有る場所だったのですが実に残念です。
この大木が広場に存在していましたが、周囲をコンクリートで囲われ、幽閉された様な状況になっていました。樹木から悲しい声が聞こえる様で実に可愛そうでした。
歩き疲れたのでHISの巡回バス、レアレアに乗って回遊。排ガスと乗り心地の悪さはご愛敬。
カメラを向けて珍しい車を撮影していると皆手を振ってくれます。
ついついMINIに目が止まりますが、クロスオーバーも随分目にしました。ハワイで購入すると果たして何ドルなのでしょう。
自転車も多かったですね。次回はレンタサイクルでハワイを疾走してみたいものです。
ハワイを行き交う車を眺めているだけでも一日飽きません。楽しいなぁ、ハワイ。
ハワイアンビレッジからワイキキビーチまでは徒歩で20分程度なので、これまで散歩がてらに何度も歩いていましたが、改めて考えてみると海沿いに歩いた記憶が有りません。
それでは一度、海沿いに歩いてみようという事になりました。
ハワイアンビレッジ前のビーチ。こちらはビーチも広大ですが、ここからワイキキまで果たして歩けるのでしょうか。
ダイヤモンドヘッドに向かうにつれビーチが狭くなってきました。
いよいよビーチが無くなり桟橋の様な狭い通路を通るしか無くなります。
行き交う人も多くすれ違うのがやっとですが、時折高い波が襲うので水濡れ注意。
途中この歩道が途切れ潮が引いたときにしか渡れない様な危険な所有り。子供はここでサンダルを流され笑えない状況でしたが、小さな子供であれば飲まれる恐れが有る場所なので、対策を行わない事が少々不可解でした。
所謂ワイキキビーチに到着。以前よりも狭くなっている様な気がします。
度々訪れている監視塔前のサーフボードレンタル場。やはり明らかに砂浜が狭くなっています。
後に調べてみるとワイキキに限らずオワフ島の砂浜は毎年数十cm波に浸食されており、嘗てはオーストラリアから砂を運んでいたそうです。
近年は流石に費用が掛かり過ぎるので、浸食された砂を沖合から引き揚げて再びビーチに戻しているそうですが、話を聞く限り果てしない自然との闘いですね。
これも温暖化の影響の一端なのでしょう。
ワイキキを散歩してハワイアンビレッジに戻って来ると、ホテル周辺が物々しい状況になっていました。
事件、事故とは無縁と思われる様なハワイでも何か事が起こったのだろうかと、周囲に気を配りながらホテルに接近。
黒塗りの大型セダンが10台程横付けされ、運転手や搭乗者も皆ブラックスーツ姿。ハワイには到底不釣り合いなこれらの人々は、観光客から見ればマフィアにしか見えません。
その奥には更に無数のパトカー。これはハワイアンビレッジ自体で何か起こったに違いないと更に歩み寄ります。
入口に向かう間にも物騒なセダンが行き交いますが、どれもフルスモーク。
どう考えてもただ事ではない。
日本なら何が有ったのですか?と尋ねる所ですが、単純なこんな言葉でも単語が出てきません。
付近に居たホテル関係者の話を立聞きしていると、この10分ほど前は全て道路を閉鎖していたが、今は厳戒態勢が解かれたのでまだマシさと笑っていました。
翌日聞いたところによるとオバマ大統領がこちらへ来ていたのだとか。アメリカの場合、大統領の移動中は道路を閉鎖するが恒例なのだそうで、翌日の早朝も大渋滞。
オバマはハワイ島出身なので、ハワイでは現在も高い人気を保っていると言っていました。偶然ですがオバマ大統領とのニアミス、何だか嬉しかったですね。
今回のオワフ島滞在は日程上では2泊3日でしたが、ハワイ島からの移動の半日を除き、帰国の飛行機が早朝である事を踏まえると36時間。
限られた時間はワイキキをのんびり歩いて過ごそうと考えていましたが、ツアーのおまけとしてハナウマベイへの送迎が無料で付随していたので2日目は早朝から参加。
美しい湾は今も変わらずそこに在りました。
この日は8月31日なので既に観光客も減少傾向。ハリケーンが迫っている事もあり、目まぐるしく晴れたり雨が降ったりといった不安定な天候で、波も高めでした。
子供は一人でダイビングツアーを日本で申し込みしており早朝6時から別行動。
ボンベを背負って本格的なスキューバダイビングをハナウマベイで半日楽しみました。
やはり海底もハリケーンの影響で砂が巻き上がり、透明度が低かったそうです。
外海から流れ込む潮の流れが強く、ダイビングポイントに辿り着くまでに何度かルートを変えたのだとか。
私はスキューバダイビングを経験したことが無いのですが、話を聞く限り非常に楽しかったとの事なので、ハワイ島で潜ってみたいという思いが強くなりました。
今回オプションで借りたこの浮輪はなかなか優れものであり、シュノーケリングには必須だと感じました。
結局今回は波も高く、水も濁っていたので30分ほどのシュノーケリングで終わりにしました。前回のように波が穏やかであればウミガメにも再び会えたかもしれませんが、この度の気象条件では到底会えるはずもなし。
岩礁に僅かに残っていた小さなサンゴも今回は一切無くなっており、前回よりも環境が僅かながら悪化しているように感じました。
ツアーのおまけだったので、3時間ほどしか居られませんでしたが、軽く海に入り海を眺めながら座っているだけでも贅沢な時間でした。
面白いのは目の前に陣取っていった女子大生3人組が、今時の若者らしく海にも入らずに賑やかに談笑していたのですが、その更に前に子供を連れた家族連れが、突然折り畳み式のテントを広げて居座りました。
海を眺めながら皆座っていたのに、何て配慮のない日本人なのだろうかと思っていたら、その女子大生の一人が、「あのー、折角の海が見えないんですけどぉ」と注意してその家族を一瞬で退散させました。
その家族はその後何処へ行ったかというと、私たちの背後に回り迷惑にならない場所でテントを設営。しかし、その家族の小学生ほどと思われる女の子は「何で、あいつらにあんなこと言われなきゃならないのよ!」とカンカンでした。
ハワイに来てまで日本人同士のリアルコントが見られるとは思いもしませんでした。
乗り継ぎのため一瞬しか地を踏めなかったオワフ島に戻り、4年振りにハワイアンビレッジを訪れました。
ハワイ島も素敵でしたがやはりオワフ島の賑わいも外せませんね。
バルコニーからの眺望はいつもと変わりませんが、建物が以前より増えて海が遠くなった気がします。
ハワイアンビレッジ内のHISの施設は移動して以前より大きくなっていました。
貸与していただいた携帯が使えなかったので、こちらへ持ち込んで新しい物に交換してもらいましたが、待っている間に不動産購入案内の誘いがしつこくて参りました。
ハワイアンビレッジの受付カウンターや送迎車両待機所がリニューアル。
ヴィレッジ内にメージャーなショップが多数入っていました。まずは、お気に入りのラニカイジュース。
スタバも出店されておりヴィレッジ内をスタバのコーヒー片手に巡る事が出来る様になりました。
ABCストアも新店が出来ており日々の飲食は全てここで済ませる事が出来ました。
ペンギンは居なくなっていましたが、4年前より格段に使い勝手が良くなっていました。
瞬く間に終わったハワイ島の4日間は、本当に素晴らしい日々でした。
当初はいつも通り貴重な5日間をオワフ島でのんびり過ごそうかと思っていましたが、思いがけずハワイ島を選択。乗り継ぎのロスなどを考えると丸一日を喪失することになるので、少々悩みましたが結果としてハワイ島訪問は大正解でした。
連日のオプショナルツアーでは早朝移動で充実した毎日でしたが、単純に計算しても日々の睡眠時間は4時間程度。体力が有ってよかったとつくづく感じます。
ハワイ島からオワフ島へ飛び立つ時間もこの日の第一便。6時半にピックアップされ一路コナ空港へ。凡そワイコロアから約30分ほどの時間でした。
お迎えは豪華にベンツの革張りバン。今回のHISは少々高いツアーを選んだからなのか、随分と配車車両や各所の待遇が良かった気がします。
誰も居ない早朝の日差しが差し込む待合所。本当に全く壁のない解放された空港ですね。
ハワイ島にも大きな米軍基地が有り日々米国軍人を見かけましたが、南の楽園に軍事基地拠点を置く愚かさは米国のエゴを強く感じます。
狭い地球で同じ人間同士が殺しあう愚業はそろそろ終わりに出来ないものでしょうか。
起床と同時にホテルを発たなければならない事は非常に残念なのですが、早朝の空港は非常に気持ちが良く、これはこれで代えがたい喜びですね。
ただ早朝発は朝食抜きなのが困ります。コナ空港にも小さなイートインが出来るショップが一つ有り、こちらで済ませましたが、当然ながらハワイ価格+空港マージンが乗っており4人で軽く食べて40ドル弱。
ABCストアで購入しておくべきでした。
オワフ島へ折り返す飛行機が到着しました。
飛行機を眼前に眺めながら屋外タラップを登って搭乗。通常味わえないこの状況に、大人でもワクワクしてしまいます。
今年の12月に日本からハワイ島への直行便が就航するそうです。情報ではハワイアン航空であり週に4便ほど飛ぶ様子。
さようならハワイ島。必ずまた来るよ。
私が愛してやまないコンパクトデジカメ SONY RX100Ⅳを子供が旅行に持参しました。
高価なコンデジだと説いても、結局雑に扱われるので最後まで拒んだのですが負けました。兎に角落とさないように、濡らさないようにと注意して貸与していましたが、帰国して現像してみると改めてSONY RX100Ⅳの実力のほどが分かりました。
オニヅカ情報センターから一気に登る急斜面、上手く風景が流れて臨場感が出ています。私より子供のセンスの方が良いという証。
すばる望遠鏡の形状の違いが上手く表現されています。
PモードかAモードだと思われますが、画質、色彩共に文句無し。5DⅢと同等というようりも上かもしれません。
写真に興味など無く、日頃スマホでしか撮影してない子供でありますが、RX100Ⅳだとこれだけ美しい写真が手軽に撮影出来てしまう。
私は重い機材をリュックに抱え、子供はコンデジをポケットに入れているだけと全く相反する状況でしたが、何とも皮肉なものです。
日没後、まだ青く白む薄明かりの元、急勾配のダートを下って行くバンの状況が上手く表現されています。
手軽にスナップ撮影でき、且つ高画質撮影が可能なRX100Ⅳは改めて素晴らしいと思います。
オニヅカ情報センターを出発してひたすらダートを駆け上がり標高4000mへ到達。
ただ乗車していただけなのですが、何故か達成感あり。
山頂付近のダートはこの様な状況。標高が高過ぎて植物も生息できないガレ場でした。
もはや大気圏を超えた宇宙空間であると錯覚します。気温は想定よりも寒くありませんでしたが恐らく5度前後。耳が冷たい、手が悴むという程では有りませんから。
とは言え流石にパーカーとレッグウォーマーでは無理なので、ダウンジャケットを貸与していただきました。この場所に居る人々の中で間違いなく私が最も軽装でした。
ツアーバスやレンタカーで多くの人々が日没を待つ状況。空気が澄んでいるので太陽の輝き具合が地上と異なります。
素晴らしい光景で思わず涙が出てしまいます。一番左手に見える四角い建物が日本が誇る、すばる望遠鏡。
みるみる内に陽が沈み始め観測施設が赤く照らされ始めます。
完全に陽が落ちましたが、地球上で見る事が出来る最も美しい夕日でした。
日没と同時に下山しなければならないこの場所の特別ルールが有るとの事で、慌てて車両に乗り込み下り始めました。
確かに街灯が一切無い下り勾配のダート。まだ薄明かりが残っている状態でなければ非常に危険であり、とても自身で運転しようという状況では有りませんでした。
オニヅカ情報センター手前の真っ暗闇の駐車場に入り、1時間半ほど星空観察。
生まれて初めて天の川を肉眼で見る事が出来て感無量。これだけ美しい星空はここでしか見られないのだとか。
空気が澄んでいるだけではなく非常に乾燥している事が重要であり、世界に名だたる天体観測施設がこの場所にある訳です。
はるばる日本から三脚とシャッターケーブルなどを持参して、初めて天体撮影。一切練習しないでこの場に臨んだので、レンズ選定や設定ミスで想定通り失敗。
最高に楽しいオプショナルツアーなので、再チャレンジしてみたいですね。
2時50分にピックアップされ、ホテルに戻ったのは22時。当然車内で一同爆睡していたのですが、ガイドさんには最高な感動のお手伝いをしていただいた事に深くお礼を申し上げ、握手してお別れしました。
持ち帰った荷物を整理していたら、ペットボトルが気圧で見事にぺしゃんこになっていました。4000mの気圧はやはり侮れません。
ハワイ島に行ったらこのツアーは必須。地球に生まれて良かったと思える最高のツアーでした。
野生のヤギが食べてしまうので必ず柵を閉じる様に注意書きがありますが、その先には何が有るのでしょう。
少々歩くと実に珍しい植物に対面出来ます。ムーミン谷に自生している様な実に不思議なフォルムですがこれではなさそうです。
この植物が目的。手で触れると手の熱で焼けてしまう程デリケートなので、絶対に触れないようにと注意されました。
エアプランツにどことなく似ていますが銀葉が実に美しい。標高3000mでもこの様な植物が自生できるのですね。
さて低酸素に体が慣れたところで再び一気にこの急斜面を登って行きます。
雲より高い標高を走っていますが、エンジンは唸りを上げたままであり恐らく1速の全開走行。車好きの私は絶対自車ではこの坂は登らないと断言出来る程、急で長い斜面。
途中でスバルのフォレスターがエンジンから水蒸気を上げ、オーバーヒートで立ち往生していました。年式は新しそうでしたが水平対向はこの標高に勝てなかった様です。
途中で一旦止まったと思ったらニ駆から四駆へシフトチェンジ。何と突然ダートになります。
そのダートも半端ではなく凹凸は当然のこと、崖地にも関わらずガードレールや落石防止措置など有りません。ガイドさんに運命を託すのみ。
ふと、ジムニーで走ったら最高に面白いだろうと一瞬考えましたが、660ターボではこの急斜面と低酸素でエンジンは持たないことでしょう。
ハワイ島の2日目もオプショナルツアーをフル活用。2時50分にピックアップされ一路マウナケア山頂へ向かいます。
マウナ・ケアとは「白い山」の意味らしく冬になるとハワイなのに山頂は雪に覆われるそうです。富士山よりも遥かに高い標高4205m。
迎えに来た車が四輪駆動車なのを見て嫌な予感が頭を過りました。
車中では気圧が高く酸素が薄いので高山病になる恐れが有る等、多々怖い事を書かれた誓約書に署名させられ更に不安が膨らむ状況に。
休憩を入れながら軽快に平地を走行しますが時折野生のヤギが居たりして、気さくな運転手さんは速度を落としながらガイドも兼務。
溶岩原を観察。見渡す限りの溶岩ですが、流れ出たマグマがその凹凸のまま固まっている様は芸術的。
触ってみるとガラス繊維状であり手に突き刺さります。富士山の噴火でもガラス繊維が降り注ぐので、我々が考えるよりも実は大変危険なのだと聞いたことが有ります。
中継地点で一呼吸おき、それでは登り始めますと説明され四駆の巨大なバンは急斜面を一直線に登り始めます。
ただでさえ乗り心地が悪い四駆の揺れに真っ青になる女性有り(可愛そうに山頂まで蒼白でした)。
間もなく自車が雲より高い位置を走る状況になり、標高の高さを如実に感じる事が出来ます。
オニズカ情報ステーション(Onizuka Information Station)
山頂までの中腹に存在する休憩施設兼教育施設。売店、飲用給水、トイレ有り。日系人のオニズカという人が何等か関係しているかと思っていたら、1986年のチャレンジャー号爆発で亡くなったハワイ出身のオニヅカさんの名を命名したそうです。
ここに暫く滞在し低酸素から体を慣らして一気に山頂へ向かいます。デリケートな人はここで頭痛や吐き気に見舞われるそうですが、体が丈夫な家族は大丈夫でした。
因みにこの場所の標高は2800m。太陽が近く感じ、空気が異常に澄んでいる事が分かります。この場所の当日の気温は凡そ10度ほど。
短パンにTシャツ姿の私も、ここでパーカーとロードバイク用のレッグウォーマーを装着。皆さん事前の準備が宜しく、いつの間にかしっかりした登山ルックになっていました。
私は荷物が増えるのが嫌なので結局パーカーとレッグウォーマーで乗り切りました。アホですね。
50分の休憩の間に支給されたお弁当とお茶、みそ汁、ビスケットを平らげます。決して美味しいとは言えない弁当でしたが、冒険に向かう前の高揚感で不思議と美味しく感じてしまうのでした。
ツアー最後は夕食付でしたが、適切な説明がなく此の場所で下され、ババガンプで夕食という情報のみ。
夕食チケットを私が失念しており危うく夕食に有りつけないところでしたが、家内と子供達の英語力で強行突破出来ました。
ババガンプ店内からの眺め。夕日を眺めながら夕食が取れますと言われていましたが、太陽が沈む様子は全く見られず。
ツアーおまけの夕食なので期待していませんでしたが、前菜のサラダやパンは高評価。
メインディッシュのエビのパスタもなかなか美味。ハワイで美味しい物を提供するお店に久々に当たり。
と思ったら落ちが有りました。
美味しそうなチーズケーキがデザートに提供されましたが1cmしか食べられず。兎に角砂糖の塊の様に甘い。これだけ砂糖を入れたら凝固しないだろうという程に甘く、家族全員ギブアップ。
カナダで同様のケーキに当たり半分も食べられなかった事が有りますが、それ以上に甘い。努力はしたのですが残してしまい申し訳ありませんでした。
夕暮れ時から入店したので良い席に案内されたのですが、お店を出る頃にはなかなかの賑わいになっていました。
ババガンプという名前は確かフォレストガンプの主人公が立ち上げた社名だった記憶があり、帰国後調べてみると全く同様のお店が日本にも存在していました。
ただ、所在は文京区、豊洲、大阪と私にとって接点無しですが、正しくフォレストガンプをテーマにした飲食店の様です。
日本のデザートのケーキがどれだけ甘いのか食してみたい気はします。
ROYAL KONA MUSEUM&COFFEE MILL コナコーヒーショップ
ツアーもほぼ終了。コナ珈琲ショップにて休憩兼土産購入タイム。
ハワイコーヒーの代名詞と言えばコナコーヒー。お土産や自宅用で購入する事も多かったのですが、格別に美味しいとは思っていませんでした。
ただ、お客様の家で振る舞われたコーヒーがコナコーヒーでしょうかと尋ねて、度々商談が盛り上がった事が有ります。鈍い味覚の私でもいつしかコナコーヒーの味が分かるようになっていた様です。
ひとえにコナコーヒーと言ってもメーカーも価格も異なり、何を買ったら良いのか迷います。
そんな時に、このライオンマークのコーヒーを度々購入していましたが、このコーヒーはこちらが販売していると教えてもらいました。こうやって生産地や販売元を知ると尚更親しみが湧きます。
ライオンマークのコーヒーよりも割高ですが、試飲すると風味が非常に良かったので、こちらも一袋自宅用として購入しました。
勢いでコーヒーを100ドル程購入し、お買い物タイム終了。展望デッキから覗くとコーヒー工場の様な建物が見えます。
滞在時間ぎりぎりでしたが急坂を下ってみました。
何が有るという訳では有りませんでしたが、収穫されたコーヒーが天日干しされています。大きな機械が並べられており、現実にこの場所でコーヒーの加工を行っている模様。
単なるツアーの土産物購入斡旋かと思いましたが、コーヒーに関して非常に勉強になりました。
KONA COFFEEのKONAはハワイ島のKONA地方の名が由来だった訳ですね。またお客様とのお話しにおいて良いネタを得られました。
PUNALU'U BLACK SAND BEACH PARK プルナウ黒砂海岸
貴重なマグマの噴出を肉眼で見る事が出来たので、感無量で黒砂海岸へ移動。此方には運が良ければ正しく甲羅干しをしているウミガメが見られるとの事です。
確かに駐車場から眺める光景は黒砂海岸。
見た事もない少々不気味な黒い砂浜が一面に広がっています。
少々粗めの砂で構成されていますが、溶岩が経年によって粉砕された砂の様です。
この石で囲われた場所に時折ウミガメが訪れる様子。想定通り曇天の元ではウミガメの影も形も見えませんでした。
溶岩が海に流れ込んで固まったままの造形が残っています。
この海岸で海水浴を楽しまれている方々もいましたが、海岸が黒いがために暗く感じ、海水浴をする事は躊躇ってしまいますね。
広大な地平線の前に巨大なクレーター。地球上の風景とは思えません。
火口までかなりの距離が有る上に、写真だと更にそのスケール感が伝わりませんが、是非一度この場所に立って見て下さい。地球は生きているのだと実感出来ます。
クレーターを囲う擁壁は急斜面で有り相当な高さが有りそうです。
ヘリコプターで上空を巡るナイトツアーでは燃え盛る溶岩が光り輝いて見えるそうです。
是非申し込んでみたいと思ったのですが、ヘリは3次元的に揺れるので船酔いどころの騒ぎではないと聞いて止めました。我家はオワフ島の潜水艦で懲りていますので。
この写真を良く見ていただくと、火口手前にオレンジ色の溶岩が見えます。
ガイドのショーンさんもハワイ島で生まれて初めて、この場所から溶岩を見たと言われており、本当に貴方たちはラッキーだと連呼していました。
設けられている双眼鏡で覗きましたが、ドロドロの溶岩がスローで吹きあがっている映像を観察する事ができ、俄には信じられない感覚を覚えました。
HAWAI'I VOLCANOES NATIONAL PARK 100周年の様です。
ハワイ島の火山に関する構造や仕組みが細かく説明されていますが、当然英語表記のみ。ガイドさんに説明が無ければ全く分かりません。
こちらは地質学者がハワイ島を調査中、固まっていると思って踏んだ溶岩原の下に実はマグマが存在しており、一瞬にして足が溶けてしまったという恐ろしい展示。
洋服はおろか地質用のハンマーなども見事に溶けています。幸い一命は取りとめたとの事ですがその状況を想像するだけで背筋が寒くなります。
Pele's Hair
火山活動で生じる鉱物の様ですが針の様に鋭く強靭で、刺さると大変な事になるそうです。どう見ても髪の毛なので、ペレーの髪という名が与えられています。
ハワイ島は神への意識が強く、事実信じがたい事も多々起こっているそうです。
溶岩の流れが街に向かう状況になったので、米軍が爆破して溶岩の流れを変えて街を救ったのですが、この爆破に関わった隊員が皆同じ奇病で無くなったとの事。自然の摂理を人間の手で変えてはならないという、ペレーの意思表示なのでしょうか。
ハワイ島と周辺海底の模型。ハワイ島は不思議な形をしていますが、どこかエンゼルフィッシュに似ている様に感じます。
外が急に明るくなり人々が一斉に出口に向かっています。何が起こったのでしょう。
ガイドさんの説明からひとり離脱して外へ出ると、先ほどのガスがすっかり晴れて巨大なクレーターが現れていました。
いよいよメインイベントの火山見学。日本にも間欠泉や噴煙を観察出来る観光地は存在しますが、こちらはスケールが違います。
ハワイ島に来たからには活火山の証である、この場所を見ないで帰る事は出来ませんが、まずは実際の噴火口へ行く前に溶岩トンネル見学。
こちらがガイドのショーンさん。日本に7年住まれていて、奥様も日本人でした(過去形)。
兎に角、片時もユーモアを忘れず良くしゃべる人で、一周ツアーの間、身の上話も含めて9割方話続けてくれました。
これほどハワイに関する情報を得られた事は無く、心より感謝申し上げるばかりです。これまで数々のツアーに参加しましたが絶対忘れる事が出来ない素晴らしいガイドさんです。
ハワイ島は島に特性があり、西側のコナ周辺は溶岩原、東のヒロ周辺はジャングルの様相。この大きな溶岩トンネルの周辺も正しくジャングル。
この土地はそこかしに溶岩で形成された自然の落とし穴があり、不用意にコースを外れて森に入ると行方不明になると注意されました。嘗てカーボウイ等が多々命を落としたそうです。
日本では当然見る事が出来ない樹種が揃っており、植物好きには非常に興味深いジャングルですが、興味が無いと素通りしてしまう小道ですね。
トンネルコースを一周し再びバス移動。お待ちかねの噴火口が待っていますが、前情報では何と火口からマグマが見えるのだとか。
この案内板の先に火口が広がっているはず。ですが、ガスが広がっており良く見えません。
一面深い霧に覆われた様な状態になったと思ったら、雨が降りだし一斉にジャガー博物館の中へ避難。ここまで来て、念願の噴火口は見られないのでしょうか。
お土産を購入した後はナニマウガーデンという植物園にてビュッフェ式の昼食。
想定通り食が進まない内容でしたので、軽くいただいて敷地内を散策。
しっかり歩けばそれなりの敷地なのかもしれませんが、昼食目的で立ち寄っただけの場所なので付近を一周して終わり。
ハワイには蚊が居ないと甘く考えていたら、短パンの私はしっかり何カ所も食われていました。
バスに乗り込もうと通路を横切ると、何と結婚式が営まれていました。
アロハを着た厳つい男性が受付でしたが、飾り付けは色の統一感があり、シンプルで非常に好感がもてるものでした。
列席の皆様の衣装もハワイ島らしくラフで有りながらも、どこか正装をイメージさせるポイントがあり、日本のスーツで統一という型通りの装いよりも素敵ですね。
各テーブルには地元の植物なのか、美しいグリーンがガラス瓶から高く伸びています。
暫く式の進行を見る事が出来ましたが、新婦が新郎の前でフラダンスに近い美しく厳かな求愛の踊りを舞い、新郎が感極まって泣いている姿が印象的でした。
国や民族によって結婚式も様々ですが、ハワイの結婚式は派手さが無くシンプルでありながら、民族の伝統を守り続ける神秘性が息づいているのだと感じました。
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